+ おくさまは18歳 38 +  パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

 

郁は学校帰りに必ず病院に寄ってくれた。

その時間を楽しみに、昼間はたいがい読書で時間が過ぎていった。たまに「夜勤前に寄ったのよ」と言いながら母が、「バイトまで時間があったから」と言いながら妹の静佳が、午後の面会時間開始に合わせて来てくれた。

そしてなぜか郁同様、毎日のように特殊部隊の先輩達が見舞いにやって来る。

たいがいの先輩は公休で日用品の買い出しついでに寄ってやったんだと言うが、その割には遅い時間に面会に来る----------




「なんだ、郁ちゃんまだ来てないのかぁ」
と、病室のドアを開けた瞬間、コレである。
「・・・・・・郁は学校ありますから」
今日は他班の先輩が二人だ。
「でも毎日病院来てるんだろう?完全看護だから、毎日じゃなくても平気だろうになぁ」
はつらつとしていて可愛いくて、しかも甲斐甲斐しく兄貴の世話してるんだぜー、今時そんないい娘なかなかいないよなぁ、そりゃみんな狙うわ、とストレートに話す。

そう、見舞いに来る隊員の殆どが郁狙いなのだ。
狙う、といっても、本気で郁をあわよくば彼女に、って思っている輩は多くはないと思うが、郁ちゃんの笑顔に癒されに来たんだ、と公然と言ってのける先輩までいる。
「図書基地で見かけることもあるけど、結構すたすた歩いてるしなぁ。図書館利用の時は私語厳禁の学習室にいたりするから、意外と今まで話しかけられなかったんだよ。だけど、ここにはさわやかな笑顔全開でやってくるからなぁ、お前の妹」

と、言われたと同時に廊下からパタパタという音が・・・・・・
ガラぁーっとドアが開くのと同時に、
「篤さん遅くなってごめん!」
と息を軽く切らせながら入ってきた郁だったが、堂上以外の人の気配に気づいて、はっとなる。
「あ、あの、こんにちはっ、お、見舞いありがとうございますっ」
郁はあわてて妹モードに切り替える。カバンをベッドの足下に置き、ぺこりと頭を下げた。
「前に見舞いに来た奴から、ケーキ大好きだって聞いたから、冷蔵庫に入れてあるよ。郁ちゃん食べてね」
「それ、俺の見舞いじゃないんですか?」
「お前そんなに甘いもん食べないだろう?郁ちゃん用に決まってるじゃんか」
「毎日甘いものばっかり持ってこられても、郁も食べきれんでしょう?!」
「あ、甘いものは別腹ですから!だいじょうぶ、ですよ?」
せっかく皆さんが厚意で持ってきて下さってるのに!と郁は堂上をたしなめる。

「じゃあ俺たちそろそろな」
「明日から二週間奥多摩なんだよ、だから居残り組のシフトも少しタイトかもな」
復帰待ってるぞ、と言い残して先輩達は部屋を後にした。


「篤さん、ってみなさんに可愛がってもらってるんですね、よかった」
毎日病院に隊の誰かが来てくれるんだよ、ありがたいねー、と微笑む。
そして、頂き物のケーキをチェックしようと冷蔵庫から取り出した。

「お腹空いてるだろうから食べて良いぞ。それより家でちゃんとご飯作ってるか?」
一人分だから手を抜いているんじゃないかと、堂上は心配して訊いた。
「ん、簡単だけど作ってるよ。食事管理もコーチに言われてるからね。それよりも・・・・・」
「どうした?」
ケーキの箱をテーブルにおいて、郁が堂上のベッドの側に立つ。

「・・・・・・大きいベッドで一人で寝るのが淋しい」
だから、早く元気になって帰って来て欲しいな、と可愛い声で俯いて言った。
堂上は郁の腕を引いて、少し体を傾きさせて、郁に顔を寄せてくるような姿勢にして-------唇を合わせた。唇が触れあっただけだったが、互いの思いを感じで今はこれだけで十分に思えた。


・・・・・・の時。


「よう、堂上元気か?!」
ガラガラという音と共に、隊で一番ガタイのいい男とスラリとした自班の班長が入ってきた。
突然の音と大声に合わせて、二人はとっさに離れてドアの方を見る。

み、見られた・・・・・・・?!

「・・・ったく、病院に来てまで嫁とイチャコラか、堂上」
「な・・・」
ガハハ、と笑うような勢いで隊長は歩を進ませ、ガタイを背景にすると小さく見えるフルーツバスケットを郁へと渡した。
「あ、ありがとうございます・・・」
恥ずかしくて消え入ってしまいそうな声で郁は礼を言った。
いや、そうじゃなくて!

「隊長ここでそれは!」
郁が妹で無いことは、隊長と副隊長と小牧しか知らない。進藤班長には言ってないのだから。
体をきっちり起こして前のめりで隊長に詰め寄ろう、と思ったら傷口が痛んだ。
大人しくそのままの姿勢で話を続ける。

「俺はなぁ、見計らいを冒してまで本と女子高生を守った心意気と査問に毅然と対応した忍耐と、好きな女を手に入れた情熱と行動力を買ってお前を特殊部隊に引っ張った。だが、お前は1人で突っ張りすぎだ。余裕がなかったら守るものもきっちり守れないぞ」
そう言いながら、玄田は郁に渡したはずのフルーツバスケットの包みを破り、中から取りだしたリンゴを掴んで丸かじりし始めた。
「国と国の人を守る自衛隊と違って、図書隊は本を守る組織だ。たかが“本”の為に命を掛けてるっていうな。これはなかなか万人には理解されにくい。命を掛けて“物”を守る必要があるのかってな」
言葉を続ける前に、もう一口リンゴをかじり豪快にむしゃむしゃと食べて一息つく。
その間二人も進藤も無言でそれを見つめていた。
「だが現実俺たちは本を守っている。周りに理解されなくても誇りを持ってな。そんな俺たちを信頼してみろ。今回の抗争でお前が隊員を守ったように、お前もお前の嫁さんの事も、きっと守ってくれんだろう」
何もかも、自分1人で守らなきゃぁ、って突っ走っていくな。

「・・・・・・まだお前達は若いんだから、2人で突っ走っているうちはいい。だが手足が揃わなくなって来ると長距離走るのはきついだろう。人の手を借りることがあっても決して恥ずかしいことじゃねぇよ。お前んとこの班長が心配してんだよ、もっと俺達を頼れってな」
玄田は食べ終わったリンゴの芯をベッドの横にあったゴミ箱に投げ入れた。

「何もかもお前が1人でやろうとするな、って事だよ、堂上。郁ちゃんを守ること位、図書基地内なら俺たちでもできるさ」
なんといっても、みんな郁ちゃんの健気で愛らしい所に惚れてるんだから。

そんな風に面と向かって進藤班長に言われるとは・・・玄田隊長の言葉にも郁は驚きと感銘を受けたが、特殊部隊の人達に、自分も堂上も、そんな風に思って貰えているとは、全く予想もしてなかった。ただひたすら、結婚していることがばれないように、ばれないように、とひっそりと生活してきていたつもりだったから。

隊長にも班長にもこんな言葉を掛けてもらえる、なんて、篤さんの人徳なんだろうな。

郁は少し潤みそうな瞳を玄田と進藤が居た方からベッドの上の堂上へと向けた。
寄せていた眉間の皺はそのままだったが、二人の言葉をきいているうちに、観念した、という感じが伺えた。


「・・・進藤班長。郁は、俺が選んだ唯一絶対の妻です。まだまだ未熟な俺たちですが、見守ってもらえますか?」
堂上はベッドの上で申し訳ない、と思いながらも気持ちを込めて精一杯頭を下げた。
それをみて、郁も一緒に直立したまま頭を下げた。

「馬鹿だな、誰が頭下げろって言った。いいから俺達についてこいって事だ、いろいろとな」
進藤は腕組みしながらニヤリと笑った。
「全治二~三週間だったな、退院してからもしばらくは激しい運動はするなよ」
そう言い残して二人は病室を後にした。

 

 

 

 

39へ

(from 20130110)