+ おくさまは18歳 39 +   パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 



福井が堂上の病室に来たのはそれから数日後のだった。
郁に会いに夕方遅く来る他の先輩たちとは違い、まだ昼間の明るい時間のことだ。

「よ、堂上」
ドアが開いてその顔が覗いた途端、堂上は申し訳なさそうな顔になった。何と言っていいのか、珍しく言葉に迷う。
「隊長から事情は聞いたぞ。まさか夫婦だったなんてな」
「……すみません……」
素直に堂上は頭を下げた。福井は軽く堂上を殴るふりをする。
「そうだぞ、お前ちゃんと先に言っとけ。俺の純情弄びやがって、この野郎」
福井はやはり軽い調子で言った。その言葉に堂上はますます小さくなる。
「ま、もう終わったことだからな。それは冗談として……とにかく、顔上げろや」
福井はベッドの横の丸椅子に座りながら言った。見舞いの品がどんとサイドテーブルに置かれる。
「お前、俺らのこと信用しなさすぎだ。命預けあう仲なんだから、俺らの前でまで偽る必要があるか」
「……」
「郁ちゃんがどうこうもあるけどな、俺はそっちにショック受けたぞ。……俺だけじゃない。皆、そうだと思う」
「……はい、すみません」
福井の言うことは、この間の玄田の話と同じだ。
堂上は再度謝罪の言葉を口にした。今度はしっかりと福井の目を見据えて。

今になって見れば、なぜ話さなかったのだろうと思う。
そうすれば、郁も俺もあそこまでこじれた喧嘩をせずに済んだのに。
特殊部隊の面々を信用していなかったわけではない。
けれど、とにかく嘘をつき通して郁を守るということに、頭は凝り固まっていた。

「わかってくれてんならいいんだよ」
福井はあっさりと言った。そうして、また真剣な表情になる。
「ただ、知らなかったとは言え、郁ちゃんのことは本気で困らせたと思う。まだ18なんだしな。機会があったら謝っといてくれ」
俺と直接話すと郁ちゃんは気を使うだろうからな。福井はそう言ってからからと笑う。

だが、と堂上は思った。
郁のためではなくて、福井の方がまだ郁に会うのが辛いのかも知れない。
そう考えると、やはり申し訳ないことをしたと思う。けれど、また堂上が謝ることは福井の本意ではないだろう。

「じゃあ俺もう帰るわ。郁ちゃんと仲良くしろよ」
福井は軽く手を上げ、さっと部屋を出て行く。その後姿に堂上はもう一度頭を下げた。







堂上が退院するその日、郁は授業をサボって退院予定の時間には病院にいた。荷物も多いし、やっと堂上が郁と二人だけの我が家に帰ってこられるのだ。一緒にいないという選択肢はない。
堂上がいない官舎は驚くほど広かった。2週間ちょっとのことなのに、もう何ヶ月も経ったのではないかと思えるぐらいに、この日をずっと待ちわびていた。
それは堂上も同じだったようだ。
医師や看護士との挨拶を済ませると、やっと帰れるなと感極まったように呟く。

二人で小さく笑い合って、病院を出た。早く帰って、少しでも長く二人の時間を過ごしたい。
せめて手だけでも繋いで帰りたいのに、荷物が邪魔してそれもままならない。



家に帰り着いて靴を脱いで、荷物を部屋に入れてから、二人はぎゅっと抱きしめあった。
病院でもそういうことができなかったわけではないけれど、いつもの家で誰の目も憚らずにこうやっていられることはまた違う意味を持った。
今まで当たり前のように思っていたけれど、それが今はどんなに有難いことかと思う。

「篤さん、おかえり」
郁は目に涙を浮かべながら言った。
「ただいま、郁」
そう返す堂上も少し目が赤い。

「やっと帰ってこれたね」
「そうだな、やっとだな」
「篤さんがいない官舎は淋しかったよ」
「俺も郁と離れてるのが淋しかった」
「これからはずっと一緒だよね?」
「ああ、ずっと一緒だ」

会話をしながら、何度も何度もキスをする。
郁の目から止めどなく溢れる涙を堂上が指で拭う。


「郁はもうすぐ19歳になるな」
すぐ後ろに見えるカレンダーがふと目に入って、堂上は言った。
「出会って一年のお祝いするはずができなくなったから、今度はちゃんとやろう。……出会った日は怪我して倒れた日になっちまったしな」
申し訳なさそうに堂上が言って、郁はううんと首を振る。
「大事なことがわかった日だよ。……あたし、いくつになってもずっと、篤さんのこと大事にするから」
郁はまだ涙に滲んだ瞳で堂上を見つめた。堂上も郁を見つめる。
「ああ、俺も郁のことをずっと大事にする」

引かれあうようにまた唇が重なった。
そのキスはだんだんと深くなって、郁は堪え切れない吐息を漏らす。
「郁……」
堂上が熱のこもった声で囁いたその時―――――



ピンポーン。

何とものんきなドアチャイムの音が響いた。
「……」
「……」
夢中になりかかっていたのを現実に戻されて、二人は黙って互いを見つめる。
「……出なきゃ、ダメだよね……」
郁が残念そうに言って、堂上も渋々頷いた。帰ってくるところを何人かに見られてもいる。出なければ、何をしているのかと思われるだろう。


「はいはい、今出まーす」
郁はそう言いながら玄関に向かった。鍵を開けてドアノブを回す。
すると、賑やかな顔ぶれが堂上の方からも見えた。

「堂上、退院おめでとー!!」
一斉に言うのは進藤をはじめとした特殊部隊の面々だ。後ろにはなぜか柴崎と手塚の姿もある。
「あ、ありがとうございます?」
「郁ちゃんもおめでとー。上がってもいいかなー」
「え?あ、はい」
郁がついていけないままでいるうちに、皆はお邪魔しまーすと狭い部屋になだれ込む。
騒々しい客たちに堂上も面食らった。けれど、お祝いに来てくれたらしいのに追い返すわけにはいかない。
「……ありがとうございます」
丁寧に頭を下げると、先輩たち皆にそこを小突かれる。
「お前、嘘ばっかつきやがってー」
「若い嫁さんもらったくせに、なぁにが妹だ」
「こんなかわいい子が堂上のものだなんて、ちくしょー!」
軽口を叩く先輩たちのそばでは小牧が苦笑している。
その様子を見ながら、郁は微笑んだ。

―――ああ、みんな受け入れてくれるんだ。


「良かったわね。堂上さんが元気になって」
柴崎が郁の隣に立って声をかけた。
「あ、そうだ。なんで柴崎まで来てるのー?」
「ああそれなら、前にお見舞いに行ったときに進藤さんと連絡先交換したのよね。前からお互い顔ぐらいは知ってたし。で、今日退院のお祝いがあるって聞いて」
まさかこんな奇襲だとは思わなかったけど、楽しいものが見られたわね。柴崎はにっこりと笑う。
「大学ではどうしようもないけど、特殊部隊の人が結婚のこと知ってたらあんたも少しは楽になるんじゃない?」
「堂上三正の負担も減るだろうな」
手塚が真面目な顔で相槌を打つ。
「あんたは堂上さんのことばっかりよねえ。ね、笠原、手塚ってば本当は毎日のようにお見舞い行きたがってたのよ」
「ちょっ!お前それバラすなよ」
慌てる手塚にも柴崎は動じない。
「邪魔しちゃ悪いでしょって止めてたのよ。そんなことにも気付かないなんて、相変わらず朴念仁よねー」
「な、またお前!」
二人のこんなやりとりもなんだか懐かしくてほっとする。
そういえばあんなことを言っていたけれど、二人の間に進展はあったのか、と郁はふと思った。
まだ柴崎と手塚はじゃれあっている。その表情が前より柔らかいように見えるのは、郁の気のせいだろうか。


特殊部隊による堂上弄りはまだ続いていた。最初はしおらしくしていた堂上もだんだんと眉間に皺が寄ってくる。
「先輩方、祝いに来てくれたんじゃないんですか」
「祝ってるじゃねーか。色々貢ぎ物持ってきてやったしな」
確かに、ダイニングのテーブルにはさすがに酒はないものの、祝いの品でもう溢れんばかりになっている。
「それは有難いんですけど……」
堂上がそれ以上何も言えないでいると、進藤がニヤリと笑う。
「なんだなんだ。早く郁ちゃんと二人きりになりたいか?」
「あ、いや……」
堂上は口ごもる。だが、それが図星であることはバレバレだ。
「この間も言ったが、いきなり激しい運動はするなよー」
進藤の冷やかしに皆がどっと笑う。と、郁が一際通る声で言った。
「それは大丈夫ですよ!」
視線が一斉に郁に集まる。
「退院したばっかりだし、そんなことしないようにあたしがちゃんと見てますから!」
任せてくださいと自信満々の郁の様子に、皆が更に笑った。
「まったく郁ちゃんはかわいいよなあ」
「こりゃますます心配だな」
「……え?なんで?」
郁は一人きょとんとする。
「先輩方……」
堂上は眉間の皺をこれ以上ないというぐらい増やして怒鳴った。
「郁の前で変なこと言わないでください!」







その夜二人はぎゅっと抱き合って眠った。
「……あったかいね……」
郁は半分眠りそうになりながら呟く。ちょうど耳をあてた堂上の胸からは、とくんとくんと心臓の鼓動が聞こえてくる。
「篤さんが生きててくれて、一緒にいられて幸せだよ」
「ああ、俺もだ、郁」
堂上はゆっくりと郁の頭を撫でながら答えた。互いの温もりを感じながら一日を終えられる。それがこれほどまでに素晴らしいことだったなんて、今まで気付くことができなかった。


次の日からはまた元通りの生活だ。
けれど、それは以前と決して同じではない。
忙しい日常は変わらないけれど、二人で過ごす一瞬一瞬が愛おしい。大切なその時間をできるだけ微笑みあって暮らせたら。その思いを忘れたくないと願いながら日々は過ぎていく。



そうして郁は19歳の誕生日を迎えた。



<Fin>

(from 20130114)

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

にゃみさんよりあとがき

ここまで読んでくださってありがとうございました。
7月のはじめからのりのりさんとこのお話のやりとりを始め、8月終わりからUPし始めて、約5ヶ月連載してたんですね。「おくさまは18歳」はあまり書くのに苦労しなかったので、そんなに長いこと書いていた実感がありません。それでも、読んでくださる方々には39話という話数つきあってくださってありがたいなと思います。
のりのりさんとリレーをするきっかけはリクエストをお受けしたことでした。「こういう話は?」とのりのりさんから候補を頂いたのですが、なぜだか「それリレーでやろう」という話になりまして、「リレーするならこんな話はどう?」とのりのりさんが「おくさまは18歳」の元ネタを持ってきてくださいました。
自分ではこういう設定はなかなか思いつかないので、面白いネタを持ってきてくださったのりのりさんはすごいなあと思っております。そうして、特に最初のころは書きながらも読みながらもニヤニヤが止まらず、楽しく書くことができました。
これも、のりのりさんと、読んでくださる方々あってのことだと思っています。
ありがとうございました!






のりのりよりあとがき

約半年前の事を思い出しておりますが、たしかチャットルームのレンタル方法をにゃみさんに教えていただいて、試しチャットをしていたんだと思うんです、二人で。
そんな時ににゃみさんがノリで「リレー」っていう事をおっしゃったんですよねぇ。
リレーならパラレルですよね!って話になって、私がネタメモ帳からいくつか引っ張り出してきて決まったのが「おくさまは18歳」でした(笑)
基本設定だけはちゃんと合わせて。どうやって始まるんだろう?とネタ振った自分もドキドキした記憶があります。
初めて1話目が送ってこられたときは凄いな!と思った。ぽつりぽつりと決まっていた最低限の設定でこうやって想像して創造してくれたんだ、と感激でしたねー♪ほんと(#^.^#)

途中にも呟いてましたけど、ほんと「おくさま-」は書き始めるとものすごいスラスラ書き進められることがほとんどでした(笑)
だから、たぶん「おくさま設定の堂郁」はがっつりライブ型で生きているんですよね。生きているので、勝手に動いてくれて台詞もぽんぽん出てくる。逆にそうじゃなかったらこんなペースでは連載できなかったと思います(笑)すごい速さでまた返ってくるときもあったりね(*^^*ゞ
最初とりあえず書き始めて、途中でいくつかのエピだけ打合せしたような気がします。最後どうしようか?っていうのも途中で決めましたしね。
だから、ほんと最初は相手から返ってくるまで全然わからない(笑)だからよく「こう来たか!」と思ったよ(*^^*ゞ

終わってみると「リレーだからこんな風にみなさんに楽しんでもらえる話ができた」って凄く思います。
連載終わって、ほとぼりが冷めたら、自分でも一気読みしてみようかな、って思ってます。たぶんね、「あたしたちってスゲエな!」って思うと思う(爆笑)

こんなたいした物を書けない私を引っ張ってくださったにゃみさんに大感謝と愛を。
毎回楽しみにしてくださった方と欠かさずコメント下さったり拍手してくださったみなさまにも感謝を。

にゃみさんへ☆がんばった私へのご褒美に「おくさまは18歳」な堂郁のハジメテ(R)を書いてください♪←リクエスト