+ おくさまは18歳 3 +  パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 


「笠原さん、もう帰るの?」
新しく出来た友人が聞いてきた。
「合宿の打ち上げしようってみんなで話してたんだけど、笠原さんは来れない?」
男子とも仲良くなれるよー、彼女は耳元で囁く。
「あ、うん、ちょっと用があってね……」
郁はあいまいに返事を返した。



新入学生の研修合宿がようやく終わって、郁は家に帰ろうと荷物をまとめていたところだ。
図書基地で堂上が郁との結婚を秘密にしているように、郁も大学で既婚者であることを秘密にしている。
その理由は郁の側にあった。

高校時代からずっと目をかけてくれていた大学の陸上部の監督に結婚したと報告に行ったときのこと。監督はとても驚いた様子だったが、それでも嬉しそうに祝福してくれた。
ただ、結婚していることは黙っておいた方がいいという。
郁は高校時代から陸上界では有名な選手である。笠原郁という名前は知れ渡っているから堂上に変えると色々と面倒だし、18という若さで結婚したのだ、中傷や根も葉もない噂が流れることも考えられる。興味本位の取材が増えることも予想された。そうなると、郁のためにも他の部員のためにもならない。
監督の考えには堂上も同意した。また、武蔵野第一図書館には郁の大学の学生もよく訪れるし、官舎に住む年配隊員の子供の中にはその大学の学生もいる。なので二人は図書基地でも結婚を隠しておくことに決めたのだ。


もう外では手を繋ぐこともできない。だが、それと引き換えにいつも一緒にいられる暮らしを手に入れた。





郁は逸る気持ちを抑えながら図書基地への道のりを歩いた。
なにせ、一週間も堂上と会えなかったのだ。
毎日電話では話していたが、それでも直接会って話せるのとは全然違う。早く堂上の顔が見たい。

家に帰ったら洗濯機回して、その間に買い物に行って……。
万事マメな堂上は一人でも毎日洗濯していただろうし、部屋も片付いていることだろう。妻である郁がそれらをできないのは申し訳ないし、なんだか淋しい。だから今日は早く帰って少しでも奥さんらしいことをしたいのだ。


計画通り、家に荷物を置いてからすぐに買い物に出た。最寄のスーパーまで走るように歩いて、また走るように帰ってくる。
今日は家で焼肉にしようと昨日堂上とも相談して決めていた。
料理はまだまだ得意ではないし時間も限られているが、下準備ぐらい郁にもできるはずだ。

もうすぐ堂上に会える。
そう思うと顔がにやけて困る。もう官舎は目の前だ。
と、なんとか覚えがある、という程度の顔が近づいてきた。
「あら、堂上さんの妹さん」
「あ、こんにちは。いつもお世話になっています」
堂上の話によると、この女性は確か防衛部の中田三監だとかいう偉い人の奥さん、だったか。官舎では同じ棟になるので何度か堂上と一緒のときに顔を合わせている。失礼にならないよう郁は丁寧に頭を下げた。
「まあ、お買い物なんていい妹さんね」
「え、ええ」
「仲のいいご兄弟でうらやましいわ」
郁は顔に笑顔を貼り付けてええまあと返事をする。嘘は得意ではない。
それでも中田夫人は郁の笑顔に何の違和感も抱かなかったらしい。ニコニコと笑いながら郁の前を去っていった。

仕方ないけど嘘は疲れるな。

ため息をついたところに、聞きなれた声が聞こえた。
顔を上げると、前方を歩いているのは他でもない堂上だ。
「あ……」
あつしさんと叫ぼうとしてはっとした。
世間的には郁は堂上の妹だ。兄のことをさん付けで呼ぶなどあり得ない。
「あ、あ」
郁は大きく息を吸った。
「あっちゃん!」
その声に堂上がこちらを振り向く。その顔は真っ赤だ。
隣を歩くのは堂上の親友だという小牧。小牧は堂上とこちらを交互に見ては腹を抱えて笑っている。

「郁、帰るぞ」
堂上が慌ててやってきて郁の手首を掴む。
「え、あ、はい……」
郁は小牧に会釈しながら、官舎まで引きずられていった。

 



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(from 20120903)