+ おくさまは18歳 19 +  パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 

 

「あんたさー最近幸せそうよね」
司書講座が終わった後、教授に用があるという手塚を待っていると柴崎が言った。
「へ?そう?」
郁はいきなり何の話かときょとんとした顔をする。
「そりゃ前から幸せバカップルなのは知ってたわよ?気まずくなってもなんだかんだすぐ元に戻ると思ってたし。でもねえ……」
「でも、何よ」
柴崎の思わせぶりな物言いに追及せずには入られない。
「うーんなんかぶっちゃけ色気もれすぎ?みたいな」
「いっ……!」
大声を出しそうになって郁は自分の口を自分で塞いだ。色気がどうこうなんて少なくとも大声で言うことではない。けれど、柴崎はそれに構わず言葉を続ける。
「あんたの状況よく知ってるからかもしれないけどさ、気付いたらなんて表情してんのこの子は、みたいなことあんのよねえ」
「そ、そんなことあるわけない……」
言いながら、全く覚えがないわけではないかもとこっそり思う。
夜の闇の中で感じる、堂上の低い囁き声や熱い吐息。それらを急に思い出してはぼんやりとなってしまうことはあって、そういう時の自分の表情はもしかしたら人に見せられないものになっているかも知れない。
でも、それは赤面していたりすごく緩んだ顔になったりしてるだけであって、色気とかそういうのとは関係ないと思うんだけどな。
そんなことを考えていると、柴崎が郁にぐいと顔を近づけてきた。
「ぶっちゃけついでに言っちゃうけどさ、あんたたち週に何回してんの」
「な、な、な、なんのこと……」
郁は思わず後ろに体をずらす。
「とぼけんじゃないわよー。あの時は相談に乗ってやったでしょ。それにあんなこと往来で叫ばれて、あたしがどれだけ恥ずかしい思いしたと思ってんの」


あたしが全部をもらって欲しいのは篤さんだけなの!篤さんじゃなきゃイヤなの!
あの日、駅へ向かう道端でそう叫んでしまって、さしもの柴崎も目を剥いた。前を歩く人々が振り返る中人目につかないところへ引っ張り込まれ、電話が終わるや否や説教の嵐で、柴崎にはひたすら頭を下げた。
けれど、あの時は必死だったのだ。堂上に自分の気持ちをどうしても伝えたくて。


「だ、だからランチ奢ったじゃん……」
「デザートつけてもらってないしねー。デザート代ってことで聞かせてもらうわ」
柴崎は更に身を乗り出してきて郁の瞳を覗き込んだ。美人の柴崎にそうされるとドキドキするほどの威力がある。それに負けてつい郁は口を開いてしまう。
「ま、毎日はしてない、よ?」
「毎日って……。それに近いことはしてるわけね」
「生理の時はできないし……」
「生理の時以外はしてるって意味に聞こえるけど?」
柴崎はあきれた顔だ。
「だ、だけど、ほとんど一日一回だけだし……」
「ほとんどってあんた……」
柴崎は郁の顔をまじまじと見てから、わざとらしいため息をついた。
「どうりでそんなになるわけねー」
「そんなって!色気なんてあたしないってば」
「さあどうかしらね」
「ないって!」
決着のつかない言い争いをしていると、手塚がこちらにやってくるのが見えた。
「なら、手塚に探りいれてみますか」
柴崎が立ち上がって、手塚にすっと寄っていく。
「ね、最近あんた合コンのセッティングとか頼まれない?」
唐突な質問に手塚は怪訝な顔をする。
「なんだ急に」
「いいから答えてよ。ね、最近合コンの話増えたでしょ」
入学してしばらくの間、手塚と柴崎には合コンの話がひっきりなしに来ていたとは聞いている。けれど二人ともまったく相手にしないので、もうまったく誘われていないはずだ。なのになぜ今合コンの話が?郁は首を傾げる。
「ああ、そういえばここのところ多いな。もちろん断ってるけど」
「やっぱりねー。でさ、あたしを連れて来いっていうのは前からだけど、最近は笠原もって言われない?」
「ああ、言われる。ってそれで何かあったのか?」
「別にー。気付いてないならいいのよ」
柴崎は手塚ににっこりと笑いかける。そんな時の柴崎はとびきり綺麗だ。何か言いたげだった手塚が僅かに赤くなってたじろいだのが、郁にもわかる。
ホントこの二人ってよくわからない関係だな。郁のことは楽しそうに聞いてくるくせに、柴崎は自分のことを明かそうとしない。これはそっとしておいたらいいんだろうなー。少し楽しくなって考える。
「朴念仁の手塚はともかくさ、他の男共はなんか気付いてきたみたいよー。気をつけなさいね」
柴崎は能天気な郁に理解できない不穏な一言を残していった。





「親睦会?」
「そう、司書講座のみんなでね、一緒にご飯食べるんだって」
「ああ、そういえば手塚がそんなこと言ってたか」
「……なんで手塚?」
堂上の答えに郁は怪訝な顔をする。
「あいつとどっかで会ったの?」
「ああ初めて会った時にメルアド聞かれてな。それからメールのやりとりして質問に答えたりしてるんだが……。ってお前何笑ってる」
「だってメル友ってことでしょ!?あの真面目な手塚と篤さんが!笑えるー」
「そうか?」
堂上は少し面白くなさそうな顔をする。
「それで、親睦会に行くのか?」
「あ、うん。男の子もいるけど……行ってきてもいい?」
郁は堂上に向かっていたずらっぽく小首を傾げる。
「ああ、楽しんでこい」
堂上が拗ねたように言うと、郁は嬉しそうにふわりと目を細めて笑った。
「なーんか、最近の篤さんかわいい」
そう言ってころりと寝返りを打つ。
「どっちがだ」
堂上はそのしなやかな肢体を眺めながら呟いた。


抱き合った後の郁は気だるげでいつもよりずっと魅力的だ。
こうやって肌を重ねあうようになってから、何気ない表情もぐっと女らしくなって、ドキリとさせられることも多い。
どんどん綺麗になってきていると思うのはたぶん惚れた欲目だけではないだろう。


「ん?なんか言った?」
堂上の呟きは郁には聞こえなかったらしい。
「いや、それより気をつけろよ」
堂上が真顔で言うが、郁はきょとんとした顔をする。
「何の話ー?柴崎と手塚もいるし何も心配することないって」
「ああ、いい友達ができて良かったな」
堂上の心配はやはり伝わらない。これはさりげなく手塚にでも頼んでおくべきか。



ただがむしゃらに突っ走って手に入れた、運命の女。
愛しくて愛しくて、叶うならずっとこの腕に閉じ込めていたいと思う。
だが、ずっと郁は郁らしく自由に無邪気でいて欲しいとも思う。



「もう寝なきゃね」
郁は明かりを消そうとベッドの上に起き上がった。
「いや、まだだ」
堂上はそう言って、郁を背中から抱きしめ首筋にキスを落とす。
「ん……なに……?」
郁がビクリとするのを受け流して、堂上はその細い顎を掴んでこちらを向かせた。
そっと唇を重ねてから郁の瞳を見つめる。そうしてから再開したくちづけは段々激しくなっていく。
「ちょ……篤さん……また……」
深いキスに郁の力がくたりと抜ける。甘い声を漏らし始めた郁を押し倒し、堂上は愛しい体を抱きしめた。




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(from 20121029)