+ おくさまは18歳 20 +  パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 


7月に入ると月末から始まる前期テストの為に、校内の雰囲気がピリピリとしてくる。

司書講座は前期にはテストが無いため、夏休み前の講座最終日が、親睦を兼ねた食事会となっていた。食事会、と名目上は言っていたが、実際司書講座はある程度取得する学年がきまっているものの、内容に幅があるため、1~4年生までがクラス内に存在していた。またクラスの担任の位置にある助教授が宴会好きだということもあって、懇親会会場は居酒屋となっていた。そして、テーブル毎にアルコールOKとNGに分かれていた。


堂上に付き合って1-2回居酒屋に行ったことはあったが、こうして座敷に座って宴会というのは初めての経験だった。郁が着いた席の隣には手塚が、向かいには柴崎がいた。
「ふうん、堂上さんから何か言われた?」
郁はその会話の内容は自分に向けれたのかと思ったのに違ったらしく、自分を素通りして手塚が答えた。
「ああ、まあな」
なぜ堂上の名前が出ていながら、柴崎の一言が手塚に向けられたのは不明だったが、すぐに乾杯の音頭が始まってしまい、理由は聞けず終いだった。

普段は同じ教室で講義を聞いているだけの仲間なので、柴崎と手塚以外はほとんど個人的な話をしたことがない子ばかりだった。
飲めないテーブルチームの郁は、食べ物がてんこ盛りなので、それを堪能することに決めていた。
何処に住んでるの?という話になって、郁は何も考えずに武蔵野、と答えたら、「じゃあ武蔵野第一図書館とか利用してたりするのー?」と聞かれた。あ、うん、時々ねと敢えて図書基地内に住んでいることは自らは言わなかった。「すごい蔵書が多くて、さすが図書隊のお膝元よねー」と一緒のテーブルの子たちが話す。ああそうか、司書講座をとっている子は、将来図書館勤務を考えている子たちで・・・一般的には将来学校司書のアルバイトができたら有利かな、という程度で取得するが、一部の子は当然図書隊入りを狙っている。柴崎と手塚がそうだ。それぞれ専門学科はあるいけど、採用試験を受けて図書隊を目指しすとはっきり言ってたから・・・

「このクラスではないと思ったけど、たしか親が図書隊だから図書基地に住んでるって言う子いたよね」
びくっ。そ、それが一番ヤバイってば。
図書基地内では堂上郁として兄と同居している。でも大学では陸上の都合で笠原郁なのだ。大学の友達にも「兄と住んでいる」ということは暴露しているが・・・それでも堂上と笠原では名前が違うのできわめて微妙な感じなのだ。
だが、それにはちゃんと理由付けを堂上が作ってくれていた。もし名字が違う事を指摘されたら親の再婚の都合で別姓で義理兄妹になったとでも言っておけ、と言っていた。
そんな事例もあるんだ・・・やっぱり堂上は物知りだなぁと、その時は感心した物だ。

「そ、そうなんだー。み、みんなは就職、図書隊を考えてるの?」
ごまかしたつもりではないけど、ふと聞いてみたくなった事を郁は口にした。
「俺は図書隊考えてるよ」
「俺もー」
十数人掛けのテーブル内で数人が声を上げた。あと数人女の子も居た。
「防衛部?」
「いやー、業務部っしょ」
俺、別に鍛えてないもんなぁ、と最初に答えた男の子が言った。
あえて、なんだろうが、柴崎と手塚はそんなやりとりの様子をうかがってた。
「まあ、検閲があるといえばそうだけど、やっぱり公務員だしねー図書隊」
「学校司書じゃー、ほんと、大学とか国会図書館とか狙わないと生活できないもんね」
司書資格を取って就職する、といっても実際狭き門なのだ。女の子の場合は、司書に関係なく普通に就職して、結婚した後にでも学校図書館のバイトできるかなーと思って、と人生計画の一部にしている子もいた。
いや…ますます関東図書基地内に住んでいることは、言いたくない…。
ジュースをちびちびと飲みながら郁は身を縮めながらうんうん、と相槌を繰り返していた。

そんな真面目な話から、そのうち何人かが席を移動して違う仲間と話し込んだりで、郁の回りのメンバーも何人か変わってきた。
「笠原さんでさぁ、陸上では有名人なんでしょー?」
郁にとってはこんな人いたんだ、っていう程度の認識しかないような男の子2人がいつのまにか郁の隣に座っていた。
「クラスに陸上部の奴がいるからさぁ、『短距離で笠原っていったら凄い』てさー。しかも美脚で可愛い子だって。そうしたら司書講座で一緒なのに、一度も話した事なかったなーって。だから今日は是非友達になっておこうって思ってさ」
名も知らない男子はそう話ながらすうっとすり寄るようにさりげなく郁に近づいてきた。いや、ちょっと、近いってば!!と目線で向かいに座る柴崎に助けを求めたが、しらっとして会話に耳を傾けながらも天ぷらを口に運んでいた。
「あ、いや、美脚とかって、り、陸上部の子はみんなスラリとしてるから、別に普通だし…?!」
いや、いったい何を断ればいいのか、自分でも否定するところがとんちんかんな気がしつつも、すうっとその男子の方からさりげなく後ずさった。
「そいつに、笠原さんは今フリーだって聞いたしさぁ、まずは友達から、って言うだろ?!ほら、司書の勉強会とか開いていいじゃん、って話も何人かでしてるしさ?」
だ、男子ってこんなになれなれしいっけ?!郁は未知との遭遇ならぬ体験でちょっとした小パニックに陥っていた。だいたい今まで玉砕専門だったあたしがどんな事態になってるの?!
高校までの付き合いといっても、ほとんど陸上の先輩後輩とかだったからどちらも親しくしていても礼儀があったし、それでも男女関係なく仲間意識、で繋がっていたから、なんか、こう、あからさまな言い寄られ方、とかって経験がないよの!!
….と叫びたいぐらいだったが、かろうじて抑えて、恨み目で柴崎をもう一度見つめた。

「・・・笠原、付き合って、お化粧直し」
仕方ないとばかりに柴崎は立上り、視線だけ隣に座っていた手塚に向けた。刹那の二人のやりとりに何があるかもわからず、郁はうん、と言って立ち上がる。
「ちょっとごめんねっ」
助かった、と正直な安堵を浮かべて柴崎に続いて中座した。


「・・・笠原はやめておけ」
テーブルに残った手塚が、郁に言い寄ってきた男に言い放った。
「何、手塚も笠原ちゃん狙いなの?」
「・・・・・・・違う」
「お前はよく柴崎さんと一緒だから、てっきりそっち狙いかと思ってたけどな」
「俺からはそれしか言えない。後で言葉通りの痛い目にあってもしらないからな」
手塚も残っていた烏龍茶を明けて、テーブルから立った。
残された男子は意味もわからず呆然としつつ、苦い顔をしていた。


柴崎と共に化粧室に行き、あからさまにため息ついて、柴崎に抱きついた。
「柴崎が一緒で良かったよぉ・・・」
「なんであんた彼氏居るから、って言わないのよ?!」
「だって、篤さん兄だしさ・・・」
この前陸上部でご飯したときに、急に聞かれて「彼氏はいない」と思わず言ってしまった話を柴崎にした。
「まあ、ややこしいのはわかるけど、彼氏いることにでもしないと、虫除けできないわよ~」
「っていうか、あたしに寄ってくる虫なんていなかったし!あんなこと初めてで!」
どうしていいかわかんないよ・・・
郁はどうやら本気で困っているらしい。
「んー、じゃあとりあえず手塚と付き合っていることにでもしておけば?」
「ばっ、冗談でしょ?だいたい柴崎の彼氏じゃないの?」
「そんなわけないでしょう」
じゃあ何なのよ?と言い返したかったが何故かそれ以上言えないのだ、柴崎には。

「・・・今日お迎えは?」
「へ?」
「堂上さん来るんじゃないの?」
「別にそんな話してないよ?」
どこの駅でやるのか、とは今朝聞かれたので大学の最寄り駅だと答えた。きて、くれるのかな?時間も何も言ってないしな・・・
そう思ったら、なんだか早く堂上に会いたくなった。
「・・・ったく、またそんな顔して。思い出してたんでしょう?」
・・・柴崎にはそんなことまでモロバレらしい。
「あんた分かり易すぎるから、ちょっとは回りがどういう目で見ているか、気にした方が良いわよ」
「うん・・・?」
何をどう気にするって・・・クラスメイトとしてなら、普通に仲良く話したいけど、恋愛沙汰的に迫ってこられるのは・・・困るよ、あたし奥さんだし!!
「まあ、そろそろ時間的にお開きになるでしょうから、目立たないようにそっと引き上げましょう」
「わかった」
二次会行くか?と幹事の子に聞かれたけど、3人そろって行かない、と答えてある。
隣で化粧直しをする柴崎に習って、郁も淡い色のルージュを引き直した。大学生になったんだからと、本当に軽くだけどお化粧をするようになった。それは奥さんとしてのたしなみでもあるかな、と自分では思っている。だって篤さんの職場の人はみんな綺麗だし・・・。
「なぁに?今度お化粧の仕方講座でもやってあげようか?」
「へ?」
郁がぼんやりと考えていたことは、相変わらずだだ漏れだったらしい。
「堂上さんは高校生のあんたに惚れたんだから化粧の上手い下手は関係ないと思うけど、化粧も時と場合に寄ってはすることがマナーみたいなものだからね」
化粧直しを終えて、柴崎は美人スマイルで郁に微笑んだ。
やっぱり柴崎は綺麗だなぁ・・・
「あんたも十分可愛いから、その辺のオオカミに捕まらないようにしなさいよ」

 

 

 

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(from 20121101)