+ おくさまは18歳 12 +  パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

堂上と郁が官舎で新婚生活を初めてそろそろ2ヶ月が過ぎようとしていた。

一遍にすべての環境が変わった郁には、この生活に慣れるまで本当に大変だった。
大学生+陸上選手+図書館司書講座+妻(妹)。
最初の3つはなんとかなったが、一番大変なのはやはり妻(妹)だ。
奥さんなんだから、家事ぐらいがんばらなきゃ!と郁は最初から気負っていたが、大学まで片道40分以上かかるし、時間は短くても練習は毎日ある。陸上奨学生なので、専属ではないがコーチがトレーニング管理をしているので、練習が終わるまでは自由な時間は無いも同然だった。
そういう意味では、基地内の官舎に住み、良化隊との抗争さえなければ、定時上がりで帰宅できる堂上が普段の家事を行っていたに等しい。
郁がやるのは、週末に競技試合が無いときぐらいなものだ。

あたし、ほんと、篤さんにおんぶに抱っこだ。
結婚すると言い出すまでは、普通に大学の寮に入るつもりだった。
普通のひとり暮らしほど高額ではないとはいえ、もし寮生活していたら親に仕送りをしてもらう必要があった。だが、堂上は当然のように両親の仕送りの申し入れを断った。
『社会人2年目ではあるが、官舎もあるし、贅沢はできないけど、郁さんを養うことぐらいは出来ます』そう、両親の前で宣言した。

学費は免除だけど、書籍やら陸上で使う靴やらユニフォームやら、何かと入り用な物もある。堂上はきちんと郁の自由に使ってよい分をくれたけど、申し訳なくて大学での昼食代くらいしか使わなかった。

好きになった人と一緒に毎日を過ごせる。
家での堂上は、とても甘く、郁に優しい。何よりも、忙しくしている郁の事を一番に考えてくれているといつも感じる。

-------------あたしが、篤さんに返せているものってなんだろう?
篤さんは、何もできないあたしといて、本当に幸せなんだろうか?

-------------ううん、はっきり言う。
あたし、篤さんに何も返せていない気がする。ていうか、篤さんはどうしてあたしを…..求めてくれないんだろう?
それって、やっぱり、あたしじゃ駄目だっていうことなんじゃないの?

二人だけで結婚式をあげて、官舎に住み始めた。
毎晩、必ず堂上の腕に包まれて眠っている。おやすみのキスをした後、堂上は郁の頭を必ず自分の胸に抱き寄せるのだ。そして、その心地よい安心感の中で、郁はいつも眠りに就く。
堂上はそれ以上朝まで何もしない。朝交わすキスまでは何も。

-------------図書館って、綺麗な人、たくさんいたよね。
堂上は昨年までは防衛部だったので、館内警備は行っても、閲覧室業務で業務部の女性や利用者と関わることはほとんどなかった。
郁も時々、図書館の本を借りに出かけるが、レファレンスをお願いする人も端末で貸し出し管理をする人も、賢そうで綺麗な人が多かったな、そんなことをぼんやり考えた。

------------篤さん、かっこいいもん。確かにあたしより少し背は低い。でも普通の女の子なら並んでも十分バランスは取れる。郁が例外なだけだ。
堂上の精悍な顔立ち、姿勢のよさ、鍛えられた身体。業務の時は少し難しい顔をしている事も多いようだが、それもかっこいいと思えるところだ。

それに比べてあたしは。
郁は何気なく自分の胸に目線を落とした。背は堂上より高く、胸は自慢になるほどのペタンコのAカップだ。今どき細身で胸が大きい子なんていくらでもいる。細いから胸が無くて当然、なんて言い訳にならない。スプリンターとしては胸は無くて良いけど、女としてはどうだ?

-------------篤さんの前では、スプリンターじゃなくて、女の、妻の、堂上郁で在りたいのに。

ぼんやりそんなことを考えながら、ふと目線をあげるとウエディングドレスの自分と堂上が目に映った。満面の笑みの二人。好きな人とこれからずっと一緒にいられる、一生、二人なんだ、そう思ったあのときは本当に幸せ一杯だった。18歳で一生を決めてしまって良いの?と何度も両親に問われた。いい、篤さんがいい、篤さんじゃなきゃだめ、本気でそう思った。今でも自分はそう思っている。

------------篤さんは、どうして、あたしを抱いてくれないんだろう?

そういえば柴崎に、まだ夫婦の関係が無いことを見抜かれてたな、一言もそんな話をしていないのに。やっぱりあたしが子ども過ぎるからなんだろうか?そんな女らしい雰囲気は全く無いってこと?
高校の同級生だって経験済みの子はいた。あたしはその子達と違って結婚までしているのに、いったい何が違うんだろう?
そんなことを考えていたら、リビングでうとうとと眠ってしまったらしい。一筋の涙を流しながら。



「郁….郁?」

薄暗くなったリビングに灯りがともり、堂上が郁の肩を揺らしていた。
「あっ….おかえりなさい、篤さん….」
寝ぼけ眼で郁は顔をあげた。堂上が上着を着たまま、郁の顔を覗き込んでいた。
「………郁、泣いてたのか?」
突然の問いかけに郁は驚いた。えっ、あたし泣いてた?
あわてて目の回りをこすって拭いた。
「え、いやっ、気づかなかった、自分でも」
「………大丈夫か?」
「ん、うん。夢見でも悪かったんだよ、きっと」
涙の跡があったのは覚えてもいない夢のせいにしておいた。
「それより、未だご飯の支度してない!」
「いや、良い。たまには外に食べに行くか」
「いいの?」
「ああ、何が食べたい?」
「篤さんの好きな物で良い。居酒屋とかでもいいよ?あたしは飲まないけど」
「そうだなぁ。じゃあおしゃれじゃないけど、定食屋とかでもいいか?」
「うん、じゃあ顔洗ってくるね」
郁は泣き跡を洗い流し、軽く化粧をした。近くで夕飯でも、出かけるときぐらい女らしく着飾ろう。
堂上が自分に女を感じてくれるように、少しでも努力しないと。





久しぶりの外食から帰宅したあと、堂上に先に風呂に入っていいかと聞かれた。
もちろん郁は、どうぞ、と答えて、自分はリビングでテレビのスイッチを入れた。
だが、ふと思い立って、郁は浴室へ向かった。
脱衣所には堂上の姿はなく、シャワーの音もしなかったので、浴槽につかっているようだ。
郁は息を吸い込み、決心を固めて浴室のドアを叩いた。
「篤さん…」
そう声を掛けてから、返事を待たずにドアを少しだけ開けた。
声が聞こえるように開けただけで、堂上の顔は伺えない、伺わない。
「あ、あの…せ、背中….な、流しましょうか…?」
郁は自分の体温が上昇するのを感じながらも、勇気を振り絞ってそう堂上に切り出してみた。

 

 

 

 

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(from 20121004)