+ Beginners 5 +  戦争時期

 

 

 

 

「結局今日も手塚とでかけたんだぁー」

業務から帰寮した柴崎が部屋着に着替えながら、郁に声を掛けた。

「うん、そう。ただ映画みて買い物しただけ。まして買い物なんてビールとお菓子だもん」
普通の日常の買い物してくるんだからさー、なんて言いながらケラケラ笑ってる。

「ふうん、それって恋人同士を越えて夫婦みたい、ってことじゃない?」
ぶほっ。
ペットボトルのお茶が吹き出た。

「ちょっとぉ!!手も繋いだことない夫婦なんてあり得ないつーの」
「あら、手も繋いでないの?もう一ヶ月近く経つのに?」

あり得ないのはあんたたち二人の方じゃないのー?

...確かに。二人でブラッと行くのはちょっとしたデートコースだったりはする。
だけど、手を握ってくるとか、そんな雰囲気もないし、自分からもそうしたいと、なんとなく思わない。
「だいたいいつも買い物して荷物持ってるからかな?」
「そりゃ、違うわよ」

「あんたたち、すっかり隊内の有名カップルなのよー」
「そ、そうなの?!」


「...全然解ってないのね」
あきれ顔で柴崎が言葉を継いだ。
「新人隊員で特殊部隊、ってだけで注目の的なのよ。しかも1人はエリート、1人は女性初の特殊部隊員。
その2人が付き合っているっていったら目立つことこの上ないでしょう?!」

はあ、なるほど。

手塚とはよくでかけるけど、でもやっぱり、そんなんじゃない気がする。
じゃあどんなのが彼氏なの?と言われても、恋が成就した事のない郁には見当もつかない。
自分が知っているのは、女の子らしい友人達の彼氏話ぐらいなもんだ。


好きだった同級生に玉砕していた頃。
その時は自分の想いに一生懸命で、「好き」に酔っていたかもしれない。
部活が第一になって、恋より仲間、になってきたら、きゅん、なんて別になくてもいいかな、と思えていた、その頃。


---------自分を助けてくれた「王子様」にはきゅん、とした。
追いかけたいと思うほどの、激しい「きゅん」。


「大人になるとさ...こう、きゅん、とかする恋ってのはなくなるのかな?」

郁の一言で二人の部屋の空気が止まった。
柴崎が固まっている、ということだ。

「あんた....なんでそんな田舎育ちの超純情乙女なの?」
「田舎育ちってさ!!そんなに田舎じゃないわよ、県庁所在地出身よ!」

突っ込むところはそこじゃないでしょう?と言いたいが、あえて止めた。

「大人になったってきゅんきゅんする恋ぐらいするわよ」
まあ、確かに、そんな気持ちだけじゃ恋愛は成り立たない時もあるけどね。


恋愛はタイミングも大事だと思うのは柴崎の持論だ。
好きになるタイミング、相手に想われるタイミング、成就するタイミング。
気持ちだけで突っ走っていても、成就しないこともある。
それが大人の恋愛かも、と。


大人に成ればなるほど、プライドやら意地やら立場やら、恋愛を阻むものが増えていくのだ。
それを乗り越えて成就するからこそ----------生涯の相手として、一生共に生きようと思うのだと。


「あんたはそれで手塚に「きゅん」を感じるわけ?」
「........わかんない....」
郁はその場で膝を抱えるように座っていた、こどもが拗ねたような風体だ。

「でもね、笠原。つきあっている、ってことは手を繋いでデートするだけじゃなくて、その先も当然ある、ってことなのよ。
まさか付き合ってますけど、それは嫌です、とでも言うつもり?」


うわっ。
でも、柴崎の言うとおりだった。ただ、同じ公休のやつと、何となく過ごしている。
楽しいけど、ただそれだけかもしれない。
だいたい...柴崎の今言った「手を繋いでデート」してないじゃん。


「どこまでちゃんと想像できているかわからないけど、手塚はあんたに、そうしたい、そうなりたい、って思っているかもしれないのよ。覚悟は出来てるの?」

覚悟なんて!!
「.........できてない」


手塚と手を繋ぐ、キスをする、抱き合う、そして....
かっこいいのは認める。モテるのも認める。でも自分がされると思ったら、その行為はどんな気持ちで受け入れるの?あたし。


「そろそろ、決着をつけるべきなんじゃないの?」
柴崎の的確な一言が郁の心にずしりと届いた。






◇◇◇






その日の夜。


手塚は同じく公休を過ごしていた上官の部屋飲みに誘われた。
さっき郁と一緒に買ってきたビールが役に立った。

「で、その後笠原さんとはどうなの?」

たわいない話をしていたそう口火を切った小牧が柔らかい微笑みの中に楽しいおもちゃを見つけたような表情なのは気のせいか?

「よく2人で出かけているみたいだし、2人とも隊内では注目の的だから」

「どう、と言われても....ですが」
手塚は一度、言葉を切った。上官2人の様子をさりげなく伺う。からかっている訳でも、上官権限で詰め寄って何かを聞きだそう、という訳でもないらしい。
「まあ、見た目通りのままです」

特殊部隊配属となってからあいつのやることなすことに気が触って...同等と見られることが許せなかった。
だが、あいつは良いも悪いも、そのままだ。


仲間として、俺に向かってくるときも感情をさらけ出す。それは俺のような見下しではなかった。
相手の認めるべき所は認めて...自分の未熟なところも....認めて克服しようとする。


ああ、きっとあいつのそう言う部分が....

だから、新人からの特殊部隊入りを認められたのかもしれない。

今、初めてそう思った。

「あいつ、仕事もですけど、遊びもそのまま全力投球、ってところですかね」
郁との勝負を思い出して苦笑しそうになったのを、必死で顔をもどした。

「ふうん、笠原さんらしいといえばらしいけど、自分の彼女への褒め言葉じゃないよね」
「.........」

正論好きの上官の一言は容赦ない。
そしてもう一人の上官は、黙って缶ビールを煽っていた。


「....確かに、今までつきあってきた奴とは違いますね。女だという認識はありますけど」

認識なんだ!と笑い上戸の上官はあらぬ方向に突っ込み始めた。
「へぇ…手塚の恋愛遍歴、訊きたいねぇ」
「話すほどのものでもありませんし」

つきあって来た女はいたが、自分から積極的に付き合いたいと思って行動したことは一度もない。
彼女、と言えた女に対して周りの女よりは特別に思ってはいたが、執着はなかった。


「まあ、少なくても俺たちからみれば、班内の空気は良くなったかな。手塚が笠原さんを認めているかどうかは別としてもね」
上官達は認めてやって欲しい、と言ったことはなかった。
特殊部隊員として、郁はどうか、自分はそんな判断をする立場にはない。
だが、一人の人間として、あいつの人格を見つめることが...できたかもしれない。


「あいつは....いい奴です、ほんと」
そう言い切って、手塚は缶ビールを飲み干した。
その二人のやりとりに、渋い顔がトレードマークとなっているもう一人の上官は口を挟むことはなかった。



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(from 20120708)