+ Beginnings 6 +  戦争時期

 

 

 

 

ピピピピピピピピ-------



館内警備に就いているときに、玄関先で警報が鳴った。
その音は館内蔵書の不正持ち出しを意味していた。
郁とバディの手塚は、すぐさまその音に反応して駆けだしていた。


追いかける際の瞬発力は、女であっても郁の方が上だ。
「待ちなさい!!」
全速力で走りながら、周りへの牽制の意味も含めて声を上げた。


その男は肩から掛けていたカバンの中と、手の中の両方に盗んだ本を持っているらしい。
本より身の安全をとったのだろう、手にしていた蔵書を後ろから追ってくる郁めがけて投げつけた。


「った...!!」
かなり接近していたので、避けきれなかった。かろうじて顔にぶつからないように腕でカバーはできたが。
大切な本を投げつけられた事で郁の怒りは倍増する。
絶対許さないんだから!


「笠原!!」
背後から手塚の声が聞こえた。
大丈夫か?と訊かれる気がしたから、郁は先に「平気」と短く言った。だが後ろにいる手塚の耳に届いたかはわからなかった。


犯人は図書窃盗は諦めたようで、肩に掛けていたずしりとしてそうなカバンを外してそれごと後ろへ投げつけようとした。
やばい。避けきれない。
郁が直感でそう思ったときには横から体ごと抱えられて一緒に側面へ跳ねた。
同時に自分の体があったところへ犯人の投げ捨てた本の入ったカバンがズシリと落ちた。


図書館周辺を巡回していた堂上と小牧が無線を聞いて駆けつけ、堂上は瞬時に犯人の動きを見極めて、郁に飛びついたのだった。
その勢いで二人の身体が地面に叩きつけられるときには、きちんを受け身の体勢をとり、腕の中の郁を自らの胸に押さえつけるようにして抱き込んでいた。

「大丈夫か、笠原」
横から何が近づいてきたのか、突然の事に最初は何が起こったかわからなかった。
だが体ごと抱えられた瞬間に堂上だとわかった。

あああたし、また教官に迷惑かけた-----
「す、すみませんっ」
そしてきっと拳骨が来る-----と覚悟をしたが、それは来なかった。
「怪我は?」
「犯人は?」
「小牧達が確保しただろう、いいから自分の身体を心配しろ」
「いえ、大丈夫です」
着地したときは、堂上の方が完全に下だったので、郁はほぼ無傷だった。

堂上の腕の中から解放され、あわてて立ち上がる。
ほとんど傷も打ち身もない。むしろ...
「教官の方が怪我がひどいんじゃ...」
「お前に気にされるほど柔じゃない」

ちょ、そんな言い方!と一瞬思ったが、堂上はぶっきらぼうな言い方をしながらも、いつもあたしの事を先に優先する。
心配も面倒も掛けて、胸がぎゅっと痛い。

「彼氏がいる女を抱いて悪かったな、手塚に詫びといてくれ」

スーツに付いた土埃を軽く払い、堂上はそのまま手塚を小牧が確保した犯人の方へ歩いていった。
そんな堂上の一言に驚き、郁はその場に立ちすくみながら、上官の後ろ姿をぼんやりと見送った。
自分の目尻から一筋だけ涙が落ちたことに、郁は気づかなかった。
ただ地面の一点だけがポタリと印が付いたことを知っていた。





◇◇◇




堂上班の公休日前夜。
話がある、と郁は手塚に日中のうちに声を掛けていた。


話すなら早い方が良い。公休を待つ必要もないだろうと。
公休日前夜なら、居酒屋あたりでアルコールも入れたいところだが、郁自身はお酒に弱いし...今夜は酔っている場合じゃない。
手塚には先にファミレスで待っててと伝えた。
郁はカジュアルだがちゃんと着替えてから出かけた。


大好きなハンバーグステーキで腹ごしらえを終えた後、郁が口火を切った。


「あたし手塚の事、好きだけど好きじゃない。『彼氏だ』って言われてもピンと来ない」
手塚といるのは楽しい、楽しかった。
初めて顔を合わせて頃から、徹底的に敵視されている感ありありだったのに、いつの間にかこいつといると楽しいと思える間柄になった。
「彼氏じゃないけど、あんたの事、大事だと思う」

大事に思ってたし、大事にされてた。
それは、最初の関係から考えたら大発展だと思う。


「あんた、あたしに恋愛感情もないのに、なんで付き合おうって言ったの?」
しかも、あたしの気持ちも訊かないでさ。
だいたい、手塚は女の子に付き合ってくれっていう時はいつもあんなに強引に押し切ってるの?!

「そんな訳ないだろう!!」
今まで付き合って来た女は、自分から好きだと言って付き合い始めたやつはいなかった。
「それ玉砕専門のあたしに対する自慢?!」
そうつっこみながら郁は笑う。

「付き合ってくれ、って言ったの、お前が初めてだ。.....お前と付き合わない、っていう選択は無かったんだよ、俺には」
「でもその付き合う、好きだから好きになってくれ、っていうんじゃないんでしょ?」
その通りだった。
「お前と付き合って、俺にはない物を見つけなきゃならなかった」
特殊部隊の隊員として、俺には何が足りなくて、笠原には何があるのか。
こんな出来の悪い同期と同じで堪るか、という意識も当然あった。
だから、笠原が一緒に特殊部隊に選ばれた理由がわからなければ、自分は一人前にはなれない、と本気で思った。
早くそれを理解して、必要ならば自分にも身につけたい、克服したい、そう焦った。
ちょっと考えさせて、と言われて、「やっぱり無理」と言われる結果は手塚にはあり得なかったのだ。


「あんたねー」
郁はため息をついた。
「あたしの事をわかりたいだけなら、別に彼氏彼女にならなくたっていいんじゃないの?」
「......」
「....だ、第一、あたしに、き、キスしたいとか....そんな風に思ったこともないで...しょ?」
郁は自分で言い出しておきながら、急に口にし始めた内容が恥ずかしくなってしまった。
「て、手塚は何でも出来るし、よく知ってるし、一緒にでかけて、す、凄く楽しかったけど!!」
そ、それ以上はないよね...
「そうだな」


「このまま、お付き合い、っていうのを続けていたら、あんたの事が本気で好きな子とか、あんたが本気で好きになる子に悪いしさ!」
けっこう寮内で噂になってるしね、あたし達。
「それはお前も同じだろう?」
「あ、あたしの事、本気で好きだなんていう人いないよぉ」
こんながさつで山猿、なんて言われてるのにさ!だから何かのギャグか陰謀かと思ったよ。
郁は晴れやかな顔で話す。お互い、気を遣わない関係に戻れる、そう思ったら肩の荷が下りて冗談も飛ばせた。


「...この前、図書窃盗犯追っかけたとき、堂上教官に投げつけられた本からかばって貰ったけど、その時教官なんて言ったと思う?手塚に謝っておいてくれ、っていったのよ!!」
「何を謝ったんだよ、堂上二正」
「あ...そ、それは...」

勢いよく話していた郁が急にしおらしくなった。

『彼氏のいる女を抱いて悪かったな』

そ、そんな表現、言われたことないし、そんなの口にできないし!
「いや、とにかく、堂上教官にはちゃんと付き合ってないって伝えて!」
「...わかった」

堂上二正はお前のことよく見てるから、きっと言わなくても伝わるじゃないか?そう思ったんだが駄目か。
手塚は苦笑した。



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(from 20120721)