「エンドマークのその後に」 ましろ様からの頂き物
「──もしかして、体目当てなのかも知れない」
ついこの間まで生娘だった女の口からとんでもない言葉が零れ出たかと思ったら、テーブルに突っ伏した。
柴崎は、なんでこんなことに、と心の中で盛大に溜息をついたが、とにもかくにも笠原の誤解を解いてやるのが先決だ。
「ほら、お水」とペットボトルを捻って差し出し、飲むように勧めた。
* * *
特殊部隊で飲み会があると聞いていたので、今夜も堂上におんぶされて帰寮するのだろうと思っていたら、まさにその通りに帰ってきた笠原を部屋で迎える。
恋人同士になるまでは、照れ隠しなのかブツブツと文句を零しながら笠原を負ぶっていた堂上も、今となってはそんなポーズを取り繕うことはない。
「大丈夫か?」と優しく声をかけると、壊れ物を扱うがごとく、笠原をそっとベッドに横たえる。笠原の苦しそうな表情を見て、上まで閉じられたブラウスのボタンを2つほど外す様も堂にいったものだ。
慣れてますこと、と柴崎は喉元まで出かかった感想を飲み込むと「後はあたしがやっておきます」と、ここが女子寮で、この部屋にはあたしもいるんですからね、と甘くなりそうなムードに軽く水を差した。
「ああ、後は頼む」
たいして飲んでない筈なんだが…、と堂上はちょっと心配そうに笠原の寝顔に視線を落とすと、名残惜しそうに前髪をすいっと撫でつけた。
パタン。
堂上が部屋から出て行った音が合図になったらしい。
ベッドの上で意識を失くしているものだと思っていた笠原が突然パチリと目を開けると、のそりと上体を起こした。
どうやら酔っ払って正体を無くしたのはフェイクだったらしい。ふえぇ~ん、といきなり駄々っ子の様になったので、柴崎は困り果てた。
「どうしたのよ?なんかあったの?」
ほら、聞いてあげるからこっち来なさい、とテーブルに呼び寄せると、笠原からとんでもない発言が飛び出したのだ。
男冥利女冥利
「……体目当て?」
「うん」
笠原はペットボトルの水を飲むと、すん、と鼻をすすって潤んだ目をこちらに向けた。
それにしてもひどい言われようだと、柴崎は彼氏側に同情した。
笠原の方の準備が整うのを辛抱強く待ち──普通の男なら痺れを切らして地団太を踏むほどの時間を与え、ようやく大人の男女関係へと関係を進めたばかりの、優しすぎる彼氏に。
「あのねえ、何をどうしたらそんな風に思えるのか聞かせて欲しいんだけど」
誤解であることは間違いないが、そんな誤解をするに至った原因が笠原側にもあるのだろう。まずはそれを聞きださねば、と柴崎は先を促す。
歩けなくなるほど酔っ払ったのは嘘にしても、多少のアルコールが入っているのは事実らしい。普段なら聞かせてよとせがんでもなかなか口を割らない恋人同士のプライベートな話が笠原の口から溢れ出た。
「あのね…、今日は久しぶりに教官と二人っきりになれたから…」
「二人っきり…って、飲み会でしょ?みんないたんでしょ?」
「うん……でもほら、あたしが酔っぱらったら教官が送ってくれるでしょ?」
ああそういうこと、と柴崎は合点した。酔っぱらった振りをすれば必然的に二人で酒席から抜けられると踏んだのだろう。恋する乙女は可愛いのう、と思わず目を細めたが、当の笠原は妙に気落ちしていて涙目だ。
「でね、思ってた通り堂上教官が送ってくれたんだけど…。教官がね、辛かったら休んでいくかって…」
特殊部隊の飲み会が開かれるのは、繁華街の居酒屋だ。そこから関東図書基地への帰り道には、公園もあればいかがわしい系のホテルもある。
「休むって…公園?」
柴崎の問いに、笠原は顔をバアッと朱に染めて俯いた。
ああなるほど、体目当てという発言の出所はここか、と柴崎は納得した。堂上はさほどムード重視という訳ではないが、それでも色恋沙汰に幼くて疎い可愛らしい年下の恋人のために、最大級の気配りをしていた。が、いかにもそういったいかがわしい場所に連れ込もうとしたことで、笠原の機嫌を損ねたのだろう。
「まあまあ、いいじゃないの、ラブホテルくらい…。堂上教官だって、その…、お若いんだし、可愛い彼女と一緒にいたら、そういう気持ちにだってなるでしょ?」
そんなことで体目当てだなんて思ったら彼氏が可哀想よ、と続けたところで、笠原が心底驚いた風に顔を上げた。
「あれ?あたし、なんか変なこと言ったかしら?」
「でも!……でも、その誘いにハイッて速攻で応える彼女ってどう思う?」
「……はあ?!」
話の流れが分からなくなった。
「ちょっと話を整理させてくれる?ええと、笠原はラブホテルに誘われて…それで、教官のことを誤解したんじゃ…」
「違うの…。教官は公園のベンチで休もうって言ったつもりだったんだけど、あたしが勘違いしたの。ホテルに誘われたのかと思って…」
「じゃあ、体目当てっていうのは……もしかして」
あんたのこと?と目線で問いかけると、笠原は真っ赤になってコクリと頷いた。
「あたし、もしかしたらものすごい淫乱なのかも!あたしってばてっきりその…そういう場所に行くんだとばかり思って…それでつい、二つ返事で」
ああなんとなく想像がついた。
「だって堂上教官におんぶされてたら…。その、ちょっとムラムラしたというか。しばらくご無沙汰だったなあとか思って……つい」
「へえ、あんたも言うようになったじゃない?」
そういえばこの子、教官とキスするのも大好きだったなあと思い出す。もともと相性が良すぎるだろうと思っていた二人は、心も体も相性バッチリだったということだろうか。
「もうだめ……今のあたし、絶対に体目当てで教官を見てる気がする…」
女性としていかがなものかという台詞も、笠原が言うと妙に可愛らしいのはなぜだろう。
「いいじゃん、体目当てだって。それだけ相性がいいんでしょう?それに……」
柴崎はテーブルに突っ伏した笠原の頭頂部にぽん、と手のひらを乗せる。まるで誰かの真似をするかのように。
「それに、それ、彼氏に言ったらかなり喜ぶと思うわよ…」
「え?体目当てだなんて、そんな酷いこと…?」
「言い方の問題よ、要は彼氏とのエッチがすごくいいっていう事でしょ?」
それを言われて喜ばない男はいないと思うわ──柴崎はよしよしと笠原の頭を撫でると、「男冥利に尽きるってことよ」とダメ押した。
「……ホントにぃ?呆れられたりしないかなぁ」
しないしない、と太鼓判を押した柴崎は「ほら、心配しないでもう寝なさい」と笠原をベッドに追い立てる。
くすんと鼻声交じりだった呼吸が穏やかな寝息に変わったころ。
「それにしても、笠原にここまで言わせるとは…」
いったいどんな風に致してるんですか、と思わず堂上に聞きたくなったが、さすがにそこは踏み込めない領域だ。
「そこまで愛されてるってのも、女冥利に尽きるわよね」
お熱いことで、と溜息を落とすと少しばかり意地悪をしたくなった。
テーブルの上に置きっぱなしの笠原の携帯から堂上のアドレスを開くと短いメールを送る。途端、間髪入れずに返信が返ってきた。
──了解。
その短い返信の意味を、笠原が理解するのは、二人の公休日が重なる夜のこと。
了
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