+ 図書館の夢 1 +  「みなみのこえ」みなとさま転載許可いただいたSS (オリキャラ注意:図書隊パラレル設定)

     

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<みなとさん談>

・・・・・私には珍しく苦手なパラレル。以前私が見た夢なんだけどね。
郁の家族構成は本編と違ってます……。(郁に三人の兄はいません。妹が一人という設定です)





「笠原郁です!」

 元気な声で面接に来た少女は、あの頃より少し大人びてはいたが、意志の強そうな瞳はそのままで堂上の前に現れた。
 志望動機で語られた内容は堂上がその場にいたことを激しく後悔させる内容だった。

 延々と語られる恐ろしいまで美化された「王子様」像と自分自身がまるで重ならず、一体そいつはどこの誰だ!? と自分でも首を傾げたくなるくらいだった。
 顔覚えの悪い郁はまさかその本人が目の前の面接官の中の一人だとは気づかずに、笑いで盛り上がる面接官達の前でさらにヒートアップして話し続ける。
 堂上は顔を上げることなどできず、ただひたすらこの時間が終わって欲しいと切望していた。

 志望動機はともかく、司書資格もあり女子の中では体力試験がぶっちぎりでトップである。堂上の私情で落とすにはあまりにも他と差がありすぎた。
 よって郁は念願である図書隊に合格し、特殊部隊隊長である玄田に気に入られ、防衛員の中でも選りすぐりの人間によって構成されている特殊部隊、その中でも堂上の班へ配属されることとなる。



 笠原郁。

 堂上はずっとその名前を知らなかったが、その顔は知っていた。
 なぜなら郁が高校3年生の時に一度会っているからである。
 5年前、郁が住んでいる近くの本屋で良化委員会による検閲が抜き打ちで行われた時、堂上はその本屋にいた。
 だが、図書館以外で図書隊の権限を振りかざすことなど規則違反だ。だから堂上は我関せずを通すことにした。
 郁は一冊の本を制服の中に隠したが、良化隊員に咎められ、本を取り上げられそうになった。
 だけど郁はおとなしく本を渡すようなことなどしなかった。
「貴様! 万引きの現行犯で捕まりたいか!」
 良化隊員に怒鳴られても、気丈にも郁は退かなかった。

「いいわよ! 行くわよ! 店長さん、警察呼んで! あたしこの本を万引きしたから!」

 警察に行くには証拠である本を持って行かねばならない。だから本を取り上げられない、と郁は結論づけたのだ。
 凛とした背中、黙っていた堂上を突き刺すような清廉な声。
「だまれ!」
 良化隊員が郁を突き飛ばした。
 堂上は体が勝手に動いていた。

 後のことなんか、俺が知るか。
 俺は一人だけ本を救うことができる権限を持っているのに。

 少女が倒れる寸前、堂上は背中からその肩を掴んだ。
 強気で叫んでいたはずの少女の肩は驚くほど細く、そして、震えていた。
 とても怖かったんだろう。瞬間、それが伝わった。
 少女を床に座らせ、ポケットから証明写真入りの身分証明書を良化隊員に突き出す。
 
「関東図書隊だ!」

 俺は、図書隊の規則を破った。




 郁は堂上の顔を覚えていなかったが、堂上はなぜかずっと覚えていた。
 まさかまた会うことができるとは思っていなかったが……。
 それもかなり美化された「王子様」にされているなんて冗談じゃない。
 堂上にとっては「王子様」など封印したい過去だ。
 事情を知っている奴らには箝口令を敷いて、郁の耳に絶対入らないようにした。
 知られてたまるか。
 あんなバカなことをする奴はもういないんだ。
 笠原がどんなに惚れ込んでも、もうそいつはいないんだ。
 正義の味方なんか、いない。笠原が図書隊の黒い闇に気づいて傷ついてしまう前に、図書隊をやめてしまえばいい。そう思って上官になった俺は郁にことさら厳しくあたっていた。

 当たり前だ。
 他の奴と同じになんて考えられない。
 最初から、あいつは特別だったんだ……。


 だけど笠原は昔の俺がいいと言う。
 俺が捨てたあんなバカが好きだとぬかしやがった。
 いい加減にしてくれ。大体顔も覚えていないくせに何を言う。
 ……いや別に、顔を覚えていないことが悔しいとかじゃないぞ!
  


 郁は体力も根性も男顔負けだった。
 何を言っても何をさせても、へこたれずついてくる。
 同期の手塚と共に特殊部隊の一員となり、いろいろと失敗は多いが、郁なりにがんばっていた。

 毎年恒例の奥多摩キャンプでは、玄田隊長考案のドッキリであるクマに見せかけた草の束を郁のテントに投げ込んだところ、あいつはクマだと認識した上で果敢にも右ストレートを繰り出しやがった……。
 
『二代目クマ殺し笠原』
 などといういらん二つ名をつけられてむくれていたが、かく言う一代目は五年前にまるで同じことをしでかした堂上である。
 
 


 そして特殊部隊での研修期間が終わりかけた頃、郁に大変なことが、起こった……。



 すみません、両親が亡くなったので葬式とかいろいろあるから数日休みます      


 突然茨城の郷里に帰った郁から、堂上に直接連絡が入った。
 あまりにも淡々とした声に、一瞬何の冗談かと耳を疑った。
「それは       
 どういうことだ? と問う前に郁は立て続けに言葉を重ねる。
『トラックに巻き込まれたんです。痛みもなく一瞬だったそうです。だから……』
 だから何だと言うんだ。
 息を呑む堂上に郁は言葉を続けるつもりだったのだろう。だけど少し気が緩んだ。

『……堂上教官』

 不意に小さく頼りない声が聞こえ、堂上は思わず名前を呼ぶ。
「笠原!」
『……っ』
 押し殺したような声に、堂上がやっと現実だと理解した。
 泣きそうで泣けない。
 そんな我慢した声が、堂上の耳に伝わる。
「……すぐに行く。        待っていろ」
『っ! …いえ! 大丈夫です!』
 気丈に答える郁に対して怒りすら覚える。
 上官である俺に、頼ることもしない。頼られるほど俺はたいした人間でもないのか。その事実に打ちのめされる。

「黙ってろ! 行くのは俺の勝手だ!」

 そうだ。俺は俺の勝手でお前の近くに行くだけだ。
 俺の我が儘で、お前が泣くのを我慢させたくなんかないんだ。
 堂上は隊長に事情を告げ、郁の元へ急いだ。




 堂上が茨城に着いた時、郁は青白い顔で堂上を出迎えたが、目を合わせた途端広い肩にしがみつくようにして泣き崩れた。
 堂上はただ黙ってその体を強く支えた。
 郁は堂上に何もかもを預けるようにしてずっと、ずっと泣き続けた。


 泣き疲れて眠ってしまった郁を抱え上げて運んだ二階の部屋は、初めて入ったはずなのに不意になつかしい気持ちに包まれた。
 ここが高校生の時までいた部屋なのか……。
 あの時の郁の姿が蘇る。
 ベッドに横にした時に部屋のドアがすっと開いた。

「お兄ちゃん、誰?」
 
 振り向くと、そこに子どもがいた。
 耳の後ろで二つに結んだその女の子は、どこかで会ったような感じがして堂上は首を傾げる。
「俺は堂上篤。このお姉ちゃんの知り合いだ。……君は?」
 少女はパタパタとスリッパを履いたまま部屋の中に入ってきて、郁を指さす。

「あたし、6才。笠原桃(もも)。郁ちゃんの妹だよ」

 妹。
 ああ、そうか。
 どこかで会ったような気がしたのは……郁に似ているからだ。
 ということは、この子も両親を亡くした。
 その事実に、堂上は次の言葉が思い浮かばず戸惑ってしまう。
 よく見ると少女の目も赤い。
 桃は郁の傍に行き、顔をのぞき込んだ。
「郁ちゃん、どうしたの?」
 堂上は一つ間を置いてゆっくりと答えた。
「……泣いて疲れて寝たみたいだ」
 桃はペタリと郁のベッドの横に座り込んだ。

「……よかった。郁ちゃんずっと泣いてなかったもん。あたしがわんわん泣いちゃったから郁ちゃん我慢してた」

 そう言いながらもどうしようもないのか桃は目を潤ませる。

「泣いても泣いても、どうして涙って出るのかなあ」
 枯れちゃえばいいのに。

 そう言って、桃は郁のベッドに顔をつけた。
 堂上は桃の隣に座って、ゆっくりとその頭を撫でた。




 郁と桃は身を寄せ合いながらずっと葬式の様子を見守っていた。
 泣くこともなく、ただ二人で手を取り合って。
 葬式が終わって、堂上は図書基地に戻ることになったが、郁は手続きがいろいろあるらしくもう少し茨城にいることになった。
「もう少ししたら戻ります」
 郁はもう泣いてはいなかった。
 桃がいるから泣けないのだろうが。
「待ってる」
 堂上は、大丈夫か、とも何も言わず、ただ一言だけ告げた。
 その言葉に郁は青白い顔だったが笑顔を向け、敬礼をする。
「堂上教官! ありがとうございました!」
 礼なんかいるか、堂上が苦々しく思うが、郁は堂上がいてくれたから葬式の間もがんばれたのだ。だからお礼を言いたかった。

 支えてくださって、ありがとうございました。

 その言葉を            

 

 

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