+ 新しい距離 +    堂郁恋人期、柴郁?!

 

 

 

 

 

堂上の「いらん事言い」から始まった冷戦を経て、急遽春に結婚することを決めた二人。

式の準備も急ピッチだったが、官舎への引っ越しも慌ただしくて。

基地内の官舎に空きが出るのは異動や新入隊員の入居やらで寮内がごたつく3月中旬。

まして堂上自身も4月へ暦が変われば新入隊員の練成教官に就く。だから、人の手を借りてでも公休一日でそれぞれの荷物をある程度移動せざるを得ない。

 

とはいっても、新郎も新婦も独身寮生活。

寮内は作り付けの家具ばかりだから、官舎で使う大物家具は購入して先にセットしてある。少しずつ準備したダンボールの山を、人海戦術で寮から官舎に運ぶのを手伝ってもらえば良い。

同じ公休日の堂上班はもちろん、しばらく一人部屋となってしまう郁と同室の親友までもが休みをとってくれて助かった。

荷車を使えるから、運ぶのはわけないよねー、と言っていたが、運ぶことよりも荷解きの方が大変なんだということがしみじみとわかった。

 

幸いだったのはその前の公休で調理器具や生活用品など、ある程度買い揃えていたので、すぐその晩から使う衣類や小物さえだせばなんとか生活はできる。そして式よりも早く、新婚生活が始まるのだ。

 

 

小牧と手塚は書籍やら靴などを指示された棚に据えていき、堂上の衣類は堂上が、郁の衣類は勝手知ったる柴崎と郁で荷解きした。

細かい雑貨類の整理とかは課業後、早めに上がれた日にはひとり官舎に立ち寄って片付けていたので、一日しかない引っ越しも夕方までにはなんとか格好がつく目処が立った。

 

とても引越しそばを茹でるような気力も体力もなさそうなので、手伝いのお礼も兼ねて3人には夕飯をご馳走することになっていた。

 

「必要最低限の物は出せたと思うから、残りのダンボールを開けるのは止めて、飯に行くか?」

時計が5時を指す前に言い出したのは堂上だった。

「たしかに、何処に出していいかわからないものもあるから、あとは二人でゆっくり片付けてもらうほうがいいね」

小牧と堂上のやりとりをきっかけに、それぞれが開けたダンボールを片付け終えたところで、掛けていたエプロンを外しながら誰と無くダイニングに集まった。

「思ったより片付いた。丸一日手伝ってもらって助かった、すまないな」

堂上がぶっきらぼうな礼を言えば、小牧は『俺の時にも手伝ってくれればいいさ』と笑って応えながら、うっすらと額に浮かんだ汗を拭った。

 

官舎のこの部屋は日当たりがよくて、日差しが奥まで届く冬から春にかけては意外と暖かく過ごせそうだ、と日中思っていたのだ。春先といってもまだ暖房を入れる日もあるのに、小牧もシャツ姿で作業してくれてた位で。

リビングに差し込む陽射しに包まれながら、二人ソファーで寄り添って本を読めたらいいなぁ、なんてすぐ先の未来の姿に想いを馳せていたのを思い出して、一人恥ずかしさでいたたまれなくなった。

「あ、あたし寮までひとっ走り行って、飲み物買ってきます!」

小牧が汗を拭っていたのを思い出し、お茶ぐらいださなきゃと、上着と財布をかかえて、誰の返答を待つまでもなくバタンっと官舎の部屋を出て行った。

「おい郁!」

ひとりで全員分持ち切れるのか?って誰かと一緒にいけばいいものを、全く、と堂上は眉間にシワを寄せた。

 

「堂上教官、あたし笠原と行ってきていいですか?」

柴崎がエプロンを外しながら、思いの外真摯な目で堂上に願い出た。脱兎の郁を追いかけるのは俺の役目だったんだがな、と一瞬思ったが、今日は柴崎の提案にああ、と頷いた。

 

そうだ、俺たちには今日が始まりだけど、柴崎は----------

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

ガシャゴトンッ。

 

独身寮のロビーでお茶のペットボトルを2本買ったところで気がついた。あ、5人分持てないや。

ほんの少し思案して、柴崎の部屋に戻ってレジ袋を取ってくればいいのか、と階段を小走りで駆け上がった。

 

 

ドアノブを捻るとカシャリ、と扉がすんなり開いた。

出たり入ったりするから、部屋に鍵をかけなかったのだろう。躊躇なくドアを開け、灯りをつける。

 

あ、--------------

 

今朝まで見慣れた光景と違う勝手知ったる部屋。小さな冷蔵庫も、ローテーブルも、薄型テレビも、部屋のカーテンも。

柴崎のものやハンガーに掛けられた服は今朝と変わらないはずなのに、あたしの空間だけがぽっかりと空いて。

変わってしまった世界にほんの数秒、言葉を失った。

 

「そっか・・・・・・・・・・」

もうここは、あたしの城でも帰るべきところでもないんだっけ。

 

そう思ったら、いとも簡単にポロリと涙が頬を伝った。

 

この部屋で柴崎と出会った。

鬼教官の愚痴を何度も柴崎に吐いた。

特殊部隊に抜擢されて、初めて柴崎から同期の手塚の噂を聞いた。

小田原の作戦に置いて行かれて大泣きした。

査問中、周りが敵だらけのようになっても、話しかけ続けてくれたのは柴崎だった。

堂上への恋心に気づいて、柴崎に嫉妬したときも。

堂上との関係を崩したくなくて、そっと気持ちをしたためていたときも。

カミツレのお茶を飲みに行く約束に浮かれながらも「デートじゃないっ」と言い張ったときも。

堂上に想いが届いたときも。

 

堂上との関係が変わっても、柴崎との関係は変わらなかった。

ずっと馬鹿話をして、笑って泣いて怒って慰めて貰って。

 

柴崎と同室にならなかったら、あたしはここまでがんばれなかった、と思う。公私ともに。

痒い言い方だが、堂上との出会いが運命的なものだったとしたら、柴崎との出会いもまた大切な運命だったと思える。

 

 

昨日のうちにお別れ会はしたのに、またぶり返すとか、馬鹿だなぁあたし。

これは別れじゃない。堂上との生活の始まりだけど、柴崎とは、きっと新しい距離でこのまま関係を保てると断言できる。

柴崎のすぐ隣に立つのは、もうあたしじゃないけれど、きっと-------------

 

「まったく、一人でペットボトル抱えるつもりだった訳?」

背後のドアの入口に、手を腰に当てた格好で柴崎が立っていた。

「んだから、レジ袋貰いに来たんだってば」

泣いた事を悟られないように、振り向く前にさりげなく掌で涙を拭って『パンッ』と両頬を叩いた。

「な、何よ!?」

「いや、ちょっと疲れたなぁ、ってテンション下がってたから気合い入れた」

「って、これからご飯よ?」

「だからなおさらよ!」

篤さんがおごってくれるから、気合い入れて食べようかなぁって。

そんな様子に柴崎はあきれ顔で大げさに笑った。

「あんたねぇ、おごって貰うとかいって、今日から懐は一緒になるみたいなもんなのに」

「まだ別だもん。此処へきて新居の細かいものも結構買ってるからお財布やばいんだもん」

「そりゃあ、新婚さん経費にすべきでしょう、そういうのは」

「っていっても、洗剤とか調味料とか、全部一からだから結構買うものあるし、分けてられないよ」

「ま、あんたの場合は家計は教官に握って貰う方が良いかもね」

「あたしもそう思うー」

 

ほら、こうして喋ってたらあたしたちは変わらない。そりゃ、たいした事無いことで『柴崎聞いてよぉ』と言う訳にはいかないかも知れない。あたしが優先すべきは、篤さんとの生活になるのだから。

だけど、柴崎は当面はこの部屋を一人で使うらしいので、夫婦喧嘩したら此処へ駆け込めばいいかな。

 

「また----------、此処に来ても良いよね?」

「いいわよぉ、堂上教官がオッケーならね」

「それじゃあ、家出先にはならないじゃん」

「ていうか、まだ始まってもいないのに、喧嘩前提な訳?」

まあ行き先が解っている家出なら、教官も眉間の皺を増やさなくて済むからいいんじゃない?とほくそ笑む。

 

 

郁が居ない部屋は、静かすぎて寂しいだろうと思う。でも、すぐ隣でなくても郁の喜怒哀楽を見守れるような気がするのだ。

「そろそろ、あたしも子離れすべきよねぇ」

「何の子離れ?」

「だって、堂上教官と喧嘩したらここに来るんでしょ?実家みたいに使われて、あたしはあんたの母親か、ていうの」

「はいはい、お世話にならないように頑張りますって」

「そうよー、あたしも子育て卒業して、自分の恋に生きてもいいわよねぇ」

「って、育てて貰ってな!・・・・・くは無いか、ありがと、いろいろ」

「いやだ、しんみりはしたくないから早く戻るわよ!今日はタダ酒だから遠慮なく飲むつもりだし」

「・・・遠慮してたことあるの?」

「あら失礼ね」

そこまで言葉を交わして、二人は顔を見合わせて笑った。そうだ、離れてしまっても、顔を合わせればいつだってこうして話せる。きっと、あたしたちには『しばらくぶり』なんて無いくらいに。

 

さ、行くわよ、と郁の代わりにレジ袋を引き出しから取り出して、早く行こうと促す。

お茶もいいけど、このままビールいっちゃいたいよねぇ、と柴崎が呟けば、「え、じゃあ、男性陣はビール買った方が良いの!?」「まあ、労働の後の一杯は格別なんだけどねぇ・・・」

しばし腕を組んで考える。そんな姿すら様になる女だ、柴崎は。そして大切な----------親友。

「今はお茶にして、あとでたっぷり飲ませて貰いましょう、堂上教官にね」

「了解」

二人揃ってロビーまで戻り、手際よくペットボトルのお茶を追加購入すると、官舎への道を急いだ。

 

「この次は堂上家でご飯およばれしたいなぁ」

「って、誰が作るのよ!?」

「鍋なら失敗しないんじゃない?切って火にかけるだけだし」

ま、そうだけどさ!

「ちゃんと料理修行しなさいよ?」

「言われなくてもやるわよ!」

郁が習うより慣れろ、なのは周知のことだ。

「そうねぇ、堂上教官の方が料理上手になる、の方にランチ賭よっかな?」

「それ誰と賭んのよ!?」

「笠原と?」

「・・・何あたし、最初から柴崎の中で負け前提なの?!」

「その方が張り合い出るでしょ?がんばんなさーい」

 

変わらない遣り取り、変わらない関係。これから始まる新しい柴崎との関係の先に---------新しい恋が柴崎にも訪れていたらいいな、と郁は隣で笑う親友の幸せを願った。

 

 

 

 

 

 

fin

from 20140402

  

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