+ Delay in Love 番外 -手塚光の真情- +     「摂津国からこぼれた言葉」 の 海松さまからの頂き物(三次SS)

 

 

 



青天の霹靂、という言葉はもちろん知っている。
けれどそれを実感する日が来るとは思いもしなかった。

それは公休日の夜、ミーティングルームに呼ばれて聞かされた内容に対してだ。
笠原がひとりで子供どもを産み育てるために異動していったことにも驚いたが、その子どもの父親が堂上だなんて。
そして当然とばかりの結婚するとの宣言だ。
自分でもよくぞその場で叫ばなかったと思う。
驚き過ぎると声も出ないのだと妙に冷静な自分もいた。
だから普通は喜ばしい話のはずなのにずっしりと重たい空気も感じられた。
何より堂上の表情は険しく、眉間には深い皺が寄っていた。
小牧が沈黙を守っていることも、かえって何かあると言っているようで恐ろしい。
一体、何があったんだ? あの二人の間に?

ミーティングルームを出た後、思い切って小牧に聞いてみようかとも思った。
ただ何と言って聞いたものかと悩んでいるうちに逆に声をかけられた。
「手塚、大丈夫?」
「・・・混乱しています。小牧二正は何か知っておられたんですか?」
「直接はさっきの話以上のことは何も聞いていないよ」
普段は不機嫌さもあらわにすることが少ないのに、その表情ははっきりと苦い痛みを表している。
何かに気がついてはいたが、というところなのか。
親友としても上官としても複雑な心境なのだろう。
そんな姿を見てはこれ以上は何も聞けなかった。

部屋に戻り、自分のベッドにごろりと転がって考えてみる。
恋愛面に関して疎いことは自覚がある。
けれどそんな雰囲気をあの二人に感じたことがなかった。
犬猿の仲と言われていた当初ほどぶつかることは確かになくなっていた。
だがそれは笠原がきちんと堂上の素晴らしさに気がついて、その背中を追うようになったからだ。
それは俺と同じ上官を慕い、目指す部下の思いだとばかり思っていた。
それに笠原は好きな奴はいないと言っていた。
俺からの提案―――どう考えても俺にとっての黒歴史でしかないものだが―――を断ったあの時に。
つらつらとその時のやり取りを思い出していて、何かが引っかかった。
そうだ、ただいないと言っただけではなかったんだ。
「多分」と言っていたのだ。

笠原自身も好きな奴はいないと言い切った後で躊躇したような間の後で「多分」と付け加えたのは堂上のことがあったからか。
だが恋愛未満で体の関係を持つようになるものか?
どうにもそこが想像がつかない、腑に落ちない。
二人ともが大人の関係と割り切れるタイプとは思えないから余計に。
直属の上官とその部下の恋愛では外野がうるさいから秘密にしていたということなのか?
だがそれだと分からない・・・付き合っているのならばなぜ笠原が何も言わずにここから出て行ったのか。
なぜ小牧ですら詳細を知らないのか。
何か知っているとすれば・・・笠原と同室だった黒髪の女を思い出す。
柴崎にも何も言っていなかったと聞いた。
俺の混乱なんて柴崎と小牧の比べれば大したことはなのだろう。
それでも分かるのは笠原と堂上はどこかですれ違って捩じれてしまったのだろうということだけだった。



コンビニまで買い出しに出かけると前方から大きな紙袋を持って歩いている女の姿が目に入った。
「柴崎?」
「あら手塚、珍しいわね」
「今日は公休日だったのか? その大荷物だと」
「そうよ。慣れない買い物だけに時間がかかっちゃったわ」
笠原が異動してからお互いの接点自体が減ったのでこうして話をするのも久しぶりだ。
「お前でも慣れてない買い物なんてあるんだな」
「当たり前でしょ、ベビー用品なんだから」
その答えに並んで歩いていた足がぴたりと止まる。
「手塚?」
聞かなくても分かる、この買い物は笠原の子どものためのものだと。
ここ数日、心の片隅に押しやっていたがモヤモヤがまたじわじわと広がってくる。
「笠原に会いに行くんなら・・・俺からの伝言を頼まれてくれないか?」
怪訝そうに見上げていた顔がすっと冷静な表情に変わる。
「往来でする話じゃなさそうね」
笠原のことはごく一部の者しか知らない。
聡い柴崎はすぐさま寮ヘ向かっていた足を駅の方へと向ける。
「個室のある、騒がしい店の方が良いわね」
どこで誰に何を聞かれるか分からない。
自衛策は取るに越したことはない。
言いながら進む歩みに迷いはない。
「店は任せる」
「あんたのおごり?」
チェシャ猫のようなニヤリとした笑い顔を見るのも本当に久しぶりだ。
「ああ」
だって俺じゃ何もできないから、せめてと伝言を頼むのだからな。

お互い夕食は済ませていたので居酒屋で頼んだのは軽いつまみと酒だけ。
乾杯とグラスを鳴らしても落ち着かない。
その理由は分かっている。
今まで柴崎と飲みに行くときには必ず笠原がいたからだ。
「去年、俺が笠原に付き合ってくれって言ったことがあっただろ?」
「まさか、あんた諦めてなかったとか・・・」
「そんなわけあるか! その時に堂上二正に言われたんだよ、『付き合うならいい加減なことはするな』って『遊びで女と付き合う奴は好きじゃない』ともな」
直属の部下になって1年が経つが堂上二正に女性の影を見たことがない。
告白してくる相手はいるが皆バッサリはっきり断って、気を持たせたりしない。
笠原だけが特別なのだ。
「今の状態になった経緯は分からない。でも堂上二正は気持ちがなくて手を出すような人じゃない。笠原は・・・ただの部下なんかじゃない」
柴崎は口を挟まず、黙って話を聞いている。
「だから頼ったらいいと思う。惚れた女に頼られないってのは男としてはキツイ」

言いたいことは言った後、ぐっとグラスの中身を飲み干す。
柴崎は黙ったままグラスを回しているので聞こえるのは氷のカラカラという音だけだ。
「・・・周囲は分かってるってのに、笠原自身が分かってないのよね自分自身のことも」
自嘲しながら呟かれる言葉に力はない。
「俺が何か伝言を頼んだところで力にはなれない、か」
ひとりで子どもを産んで育てようと突っ張っている笠原に堂上二正のことを分かって欲しいと望むのは酷なことなのか。
知っていて欲しいと言葉にするのも俺の自己満足でしかないのか。
「そんなことないわ。手塚が自分と堂上教官のことを本気で心配してくれてるって知ることに意味がある。ひとりで全部抱えることはないんだって」
そう言う柴崎はいつもの余裕などなくどこか必死だ。
ひとりで抱えるなと一番言いたかったのは柴崎自身なのだろうから。
「そうだといいな」
柴崎のために、そう願った。





fin

(from 20130517)