7.僕には君しかいないけれど  
           /【恋愛に臆病になる10の感情】(rewrite様)堂郁 内乱後 ※合同お題企画/         from のりのり






------------いつまで余裕ぶってるつもりなの?

いつもの気楽な部屋飲みで小牧にそう言われた。
『意思疎通の出来てる俺ですら余裕なんかないけどな、お前のその自信はどこからくるの?』といつもより深酒だったせいか小牧の口調は随分毒舌だった。

毬江が幼馴染みのおにいちゃんだった小牧に対して持ち続けた恋心は、ずっと年の差からくる『世代の違い』に阻まれ、小牧の知らないところでたくさんの涙を落とさせた。
自分の想いも近所づきあいの『情』ではなく変わりようのない『愛』なのだと解ったときから彼女が誰よりも何よりも大切で-----------。

毬江との関係が変わると、今度は自分が「世代の違い」に追われるようになった。
『幹久さんがずっと好き』と告げてくれる柔らかい唇は、ずっと自分のものだと言い切れるだろうか?
大学生活という広い社会に飛び出した彼女は当然の事ながら学校と家の往復だけが行動範囲じゃない。
新しくできる友達、クラスメイト、サークル活動。
どれも自分の知り得ない毬江の世界に、いわば妄想だけで嫉妬しているのだ。
公休も時間も合わせることが難しい小牧の立場では『ずっとそばにいる、君を守る』という言葉は絵空事にしかならない。そして小牧の言う『君を守る』は『俺のために君を守る』と同意であると自分で理解している。
見えない毬江の周りの何かに対してそれだけ狂おしいほどの嫉妬心を向けている、余裕のない自分。

だからこそ『大事な女』がすぐ側にいるのに手を伸ばそうとしない堂上に時々腹が立つ。

郁の想いはまっすぐで見ている方が恥ずかしくなる位に純粋だ。それでいて溺れることなくまっすぐ一人の背中を常に見据えている、部下として、女として。
そんなに見つめられているのに、それが嬉しいはずなのに、何故、何の為に「タイミング」なんぞを計ってるというんだ?!と、堂上を歯痒く思う。


「十数年もずっと思われ続けてて何が今更不安なんだ?」
長い間思われて今はちゃんと『恋人』として付き合いができていて、しかも親公認なんだろ?と堂上は訊く。
「それでも彼女には俺の知らない世界があるんだ」
それが堪らなく俺を不安にさせる。

「お前はずっとこのままの状態が続くと思ってる?一班員として手元に置いておける事がある意味特殊だと思わない?」
先日手塚が置いていった日本酒が残っていたので二人でちびちびと口へ運ぶ。辛口ではあるがあたりが柔らかい。
「笠原さんはたぶん、いろんな意味で俺たちを越えていくと思う。技術うんぬんじゃなくて、一人の人間として、女性としてね」
小牧の言いたいことは何となくわかる。俺たちの様なただの特殊部隊隊員は図書隊の立場が変わって劇的な再編でもなければ、5年後10年後の自分が見える気がする。
だが、郁は特殊部隊の隊員である前に女だ。

誰と結婚して新しい道を歩むのか、その道に出産や子育てが入ってくればまた人生が変わる。
彼女がどんなに『自分は自分でありたい』と望んでも、女性である以上拒絶しなければ道は変わる。
その道が自分と共にあれば、と漠然と自らが望んでいるのを知っていた。もうホールドアップ状態なのに未だに手に入れてない事が、小牧からすればあり得ない!という。

「お前昔から女に対してそんなスタンス?」
「・・・いや、違うと思う」
その女の人生に入り込みたいと思うような女と付き合ったことがそもそもない。恋愛は勝ち負けではないけど「この女には叶わない」と思ったこともない。
もうあいつの存在は呼吸する空気よりも大事に思える。
『目が離せない』と言うのは大儀でもあり本音でもある。
自分の手の中にある女ではないのに、あいつがいない俺の生活を想像するのが難しい。


「煮え切らない堂上を見てると、時々『お前の元から笠原さんが奪われちゃえばいいのに』って意地悪な事を考えるよ。まあ彼女は潔いくせにどこか乙女だからね。そんな女らしさに気づく奴が放っておかないよ」
まあ好みとは違うけど俺にしては精一杯可愛がってるからね、部下として後輩として?
なんかお節介焼きたくなるんだよねぇ、と酒が明るい方に入ったのか、自分で語っておきながら上戸に入る手前ぐらいのケラケラとした笑い顔で畳みかけてきた。


長く近くに居すぎてきっかけが掴めない。
要するにそういう事だ。

上官部下の言葉の厳しい言葉のやり取りの裏に込められた信条と愛情。近づきたいという気持がありながらも、今の距離も心地よいと思ってしまう自分。
それはあいつもそうなんじゃないか?と思うときもある。
何気なく手を伸ばしてしまったときに見せる真っ赤な顔とか。
それは俺にとって一つの凶器でしかないのに、そんな武器を振り回している事すら気がつかず一人で『女の子』な自分の存在を否定する。
俺にとっては誰よりもお前は『女』なんだけどな。
そう伝えて抱きしめてしまう事は容易なのに踏み出せない。

『女』だと告げてしまうことが、もしかしてあいつにとって不本意と感じたら、と考えてしまうのだ。
女で在ることを否定したいわけではないと思う。だけど自分は世の中でいう『可愛らしい女』からはほど遠いと自らレッテルを貼っているあいつに『男』の堂上を受け入れて貰えるかどうかが不安なのだ。

クソっ、こんな事で深酒したくなるような男だったか?俺は。






◆◇◆






押し付けられた書類の山を低くする作業もようやく目処が立ったので、その日は久々に小一時間の残業で帰寮しそのまま食堂で夕飯を食べた。
そういえば酒を切らしていることに気づき、風呂の後に買い物に出直すのも面倒だと部屋に戻る前にコンビニに出向くことに決めた。
基地から一番近いコンビニまで行くと、スラリと見慣れた背中を見つけた。
今日はアイスクリームのショーケースでなくコンビニイートインのデザートメニューを眺めていた。

軽く店内を見回してもあいつの知り合いらしき人物は見あたらない。
くそっ、こんな時間に一人で出かけてきたのか。
ビールの銘柄など気にせず数本を籠にぶち込んですぐさま部下の肩を軽く叩く。
「あ、堂上教官、今帰りですか?お疲れ様ですっ」
ご主人様を見つけた愛犬のような笑顔で郁は挨拶をした。
「いや、先に食堂で飯は食ってきた」
「じゃあお酒ですね、教官には休肝日ってないんですか?」
「そうだな、お前がアイスを食べない日と同じ位じゃないか?」
「ひどっ、そんな毎日は食べてませんよ!」
んー、でも食べない日って週に1日2日だから教官と変わらないかも・・・と本気で考えるこいつが愛らしい。
「決めたのか?」
「持ち帰るアイスは柴崎ご指名なので決まってますけど、このところ連続でジャンケンに負けて悔しいからここでしか食べれないソフト食べてやる!って思って」
「じゃあ早く頼め」
ビールとつまみだけが入った買い物籠を郁の前にドンと置く。
「あ、蜂蜜ソフト1つ」
「一緒に会計頼む」
「いいですよ、教官!」
有無を言わさず支払いの札をカウンターに置き、そのまま郁の空いた手をとり店の外へと出る。
ちょ...!?という郁の抗議の声が背中で小さく聞こえたがあえて無視して訓練速度で数十メートル先の小さな公園へと向かった。

「ちょっと気分転換したいから付き合え、その代金だ」

公園の中にぽつんと一つだけ置かれたベンチに腰掛けるように促し、堂上は買ってきたばかりのビールを隣で開けた。
教官横暴!と可愛く拗ねながらも笑う顔をみると、やっぱり俺にはお前しかいない、と思えた。
真摯な横顔も、悔しさを耐えながら涙する顔も、好きな物に全力で笑う顔も、俺だけが知ってるんだと、言って回りたい位だ。
いただきますと礼をいい溶け始めた場所からソフトクリームにかぶりつく。
柔らかい渦巻きにぺろりと舌を出すしぐさに目を奪われ、少し甘美にも思えるその郁の表情見つめていたら、郁がその視線に気づいて舐めるのを止めた。

「・・・教官も食べたいんですか?蜂蜜ソフト」
「お前があちこちにクリームをくっつける程夢中になって食べてるから気になっただけだ」
そういって口角にはみ出したソフトクリームの泡を指ですくいそのまま自分の舌に乗せて味見した。


「!?」
唇に触れた指がよもや堂上の咥内に滑り込むとは思わなかった。
「ど、どうじょうきょうかんっ!?」
予想外の出来事に動揺しながらも郁はぐっと腕を伸ばして堂上の方へとソフトクリームを近づけた。
「あ、味見だったら、ちゃ、ちゃんとこっちからしてくださいっ」
差し出されたそれを前に、お前もしかして俺と同じソフトクリームを舐め合うことに抵抗はないのか?!と口から飛び出しそうだったが、それを訊いたらこいつはパニックに起こして逃げ出しそうだ、とグッとこらえた。

「・・・じゃあ一口貰うぞ」
ある意味ペットボトルの回し飲みよりも強烈なソフトクリームの舐め合いに敢えて乗った。
蜜の味がしっかりするが、思ったほど甘過ぎなくて程よいトッピングになっていた。
「ああ、悪くないな」
「あたしもお初でしたけど結構気に入りました、蜂蜜ソフト。っていうか教官よくお酒飲みながらアイス食べれますね?男の人なのに」
「お前達だって飲み会の最後はデザート行くだろう?」
連日の残業で疲れてるんだからたまには甘美なデザートがあっても良いと思うぞ。

「じゃあ今度からコンビニアイスを調達するときは、たまに教官の分も買ってきてあげますっ」
「アホか貴様、というかお前誰にでもホイホイソフトクリームの回し食いさせるなっ!」
「って、欲しそうにしてたの教官じゃないですか!?」
「俺は今回スポンサーだっ」
確かにお金出してくれたの教官だけどっ! 
ううう...と郁は唸りはじめた。
「その前に夜一人でコンビニにくるの止めろっ」
「ってそんな遅い時間じゃないですよ!?」
「じゃあ俺にソフトを買って貰う名目でいいから俺を呼べ。俺は一口味見で十分だから」
「それって新作出る毎に?」
「お前が全種制覇するつもりならそうしろっ」

っていうか妙齢の女が夜一人でコンビニ来て舌出してソフトクリームをペロペロ舐めるのやめろっ!と本気で言ってるのだが果たしてこいつには伝わっているのか?

「じゃあ絶対毎回おごってくださいよ!」
「ああそれくらいの稼ぎはある。食べ終わったら帰るぞ」
そう言って握っていたビール缶を掌で潰してゴミ箱へ放り込む。暗いから足下気をつけろよ、といいわけがましい一言をぽつりと言って再び郁の手をとった。
「あ、もう一度コンビニ行って柴崎の分買わないと!」
また手を取られたことを疑問に思いながらも、先を急ぐ堂上にひっぱられるように郁も再びコンビニに向かった。


------------ったく、色々無防備過ぎて放っておけんっ。
手に入れるためのタイミングを待ってる余裕なんてあるはずがない、と堂上は本気で二人だけの約束を早く履行しようと思った。





fin

(from 20130705)