+ おくさまは18歳 7 +   パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 

 


「笠原、落ち着いて」
柴崎が泣きじゃくる郁の背をさすってくれる。それでも涙はなかなか止まらなかった。
「これ飲め」
手塚が缶ジュースを渡してくれる。郁を落ち着かせようと買ってきてくれたのだろう、郁はそれを有難く受け取った。
三人とも無言で缶ジュースを飲む。飲み終わったころ、柴崎が言った。
「手塚、悪いけど……」
「ん、しばらくぶらぶらしてくる」
「落ち着いたら電話するわ」
手塚は万事承知したようにその場を離れていく。この二人ってどういう関係なんだろう、自分のことを棚に上げて郁は麻痺した頭で考えた。
「女同士のほうが話しやすいでしょ」
柴崎がいたずらっぽく笑う。そういう顔は女の郁でも見とれるほど綺麗だ。
「何かあった?」
「……うん」
小さく頷いてから何を話したらいいのかわからないことに気付く。本当のことは話せない。頭の中はいっぱいいっぱいで、とてもじゃないけど嘘など思いつけない。
「言えないならずばり聞いちゃうけど」
黙り込んだ郁に柴崎は言った。
「その『あっちゃん』とあんたってどういう関係?兄弟じゃないわよね」
「あ……」
郁は思わず口元を押さえる。なんで?なんで、バレちゃったの?
「黙ってなきゃいけないことなら黙っててあげるから安心しなさい。で、『あっちゃん』は何者?あんたの恋人?」
柴崎が黙っていると言ってくれるのなら信用していい気がした。それでも、まだ口に出すのは恥ずかしい。郁は赤くなりながら答えた。
「ふ、夫婦なの……」
「は!?夫婦!?」
いつも冷静な柴崎が大きな声を出す。それでもすぐに我に帰ってごめんと小声になった。
「まさか夫婦とはね……。見るからにおぼこそうなあんたがねえ……」
だから官舎で暮らしてるわけか。柴崎は驚きながらもうんうんと頷いて見せた。郁は結婚するまでの経緯を簡単にだが説明する。
「それで、その旦那様と何かあったの?」
「うん、女の人がくっついてきてるの見ちゃって……」
思い出すとまた涙が滲みそうになった。それでも柴崎に聞いてもらおうと懸命に話す。
「そういう女ってどこにでもいるわよねえ」
柴崎は呆れた口調だ。
「だけど『あっちゃん』も辛いところね。本当は結婚してるって、あんたが妻だって声を大にして言いたいところでしょうに」
郁ははっと顔を上げた。篤さんはあたしのものなのにとか、でもあんな綺麗な人のほうが篤さんには似合ってるかも知れないとか、そんなことで頭がいっぱいで堂上の気持ちまで考えていなかったのだ。
「……篤さん、そう思ってくれてるのかな」
「何言ってんの。あんたのことよっぽど好きじゃなかったらこんなややこしい事態耐えられるわけないでしょ。さっきの話だって十分ノロケ話だったしねー」
そう言われるとまた顔が赤くなる。
「だけどあたしあの場から逃げ出しちゃった……」
郁は呟いた。
「篤さん、郁って呼んでくれたのに」
怒ってないかな。そう言うと柴崎は郁の背中をどんと叩いた。
「そんな嫉妬ぐらいかわいいもんよ。むしろしてくれないほうが淋しいって」
「そうかな……」
「そうよ。……あ、ほら、あんたの旦那様じゃない?」
顔を上げると前方に堂上が立っていた。走ってきたらしい、汗をかいて、息を切らしている。
「郁!」
一目も憚らず叫ぶ。
「あら、なかなかいい男じゃない」
柴崎は郁にウインクを送った。そうして再び堂上のほうに目を向ける。
「はじめまして、柴崎麻子です」
「はじめまして。郁がいつもお世話になっております。あの、今日は……」
「わかってますよ。邪魔者は退散致しまーす。あ、事情は聞いたけど黙ってますんでご心配なく」
柴崎はふざけた口調で言った。郁にはそれが堂上に気を使わせまいとの配慮とわかった。
「ありがとね、柴崎」
「別に?面白い話聞けたし?」
柴崎の口調はあくまでも軽い。
「あと、手塚にもちゃんとお礼言っといてくれる?気使って席はずしてくれたみたいだし」
「あー、あんなの放っておけばいいのよ」
そう言いながら携帯電話を取り出す。やっぱりどういう関係なんだろう。柴崎の後姿を見送りながら郁は考えた。



「郁、ちょっとついて来てくれるか」
堂上が言いつつ、郁の手を取った。
「あの、外なのに手……」
「ちょっとぐらい構うもんか」
こんなことを言うなんていつもの堂上らしくない。そう思ったが抵抗する気になれずに、早足で歩いていく堂上に懸命についていく。

図書館の裏側の壁と塀に囲まれた狭い場所で堂上と向き合った。
「篤さん、ごめんなさい」
頭を下げると同時に――抱きしめられた。
「郁」
堂上が耳元で名前を呼ぶ。
「篤さん、ここ外……」
「誰も来ない」
堂上は断言して、郁を抱きしめる腕に力を込めた。
「俺にはお前だけだ。信じてくれ」
搾り出すような苦しそうな声で囁かれる。
「お前だけが好きなんだ」
「そんなの、あたしだって……!」
言いながら涙が零れそうになる。
柴崎の言うとおりだった。あたしだけじゃない。篤さんだってはっきり言えなくて辛かったのに。
「あたしだって、篤さんだけが好きなの!」
郁も堂上の方に腕をまわしてその背中をぎゅっと抱きしめた。
「篤さんのこと信じてるよ。逃げたりして、ごめんね」
これからだってこういうことがないとは限らない。はっきり言えないのは苦しいけど、それでもあたしたちは夫婦になることを望んだ。それなら、自信なんてないけど、篤さんのことをちゃんと信じられる自分でいたい。
強く抱きしめられながら、郁は思った。


 


8へ

(from 20120917)