+ おくさまは18歳 +  パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 

 

いざとなるとやっぱり帰りたくなくて、コンビニの弁当を公園で食べた。
少し時間は経ったけどまだ帰りたくなくて、閉館までを図書館で過ごした。幸い知り合いには誰にも会わなかった。涙は引いたけれどひどい顔をしているだろう。誰にも今は話しかけられたくない。

「おかえり」
官舎の部屋に戻ると、堂上は先ほどの郁のようにダイニングの椅子に座っていた。いい匂いがして、テーブルには二人分のハンバーグが置いてある。弁当を買ってくると言ったのに結局作ってくれたのだと思った。けれど、お腹にまだ余裕はあるはずだけれど、到底食べる気にはなれない。
堂上の顔も見ずに郁は風呂場に向かった。給湯のスイッチを押して水がざあっと流れるのをただ眺める。
今は堂上のもとになんか戻りたくなかった。けれど現実的に考えると、結局ここに帰ってこなければならないのが悔しい。

長めの風呂を済ませて戻ると、今度は入れ替わりに堂上が入っていった。ガス代を節約するために間を開けずに入るのはいつものことだ。
テーブルにはまだ二人分の夕食があった。少しだけ罪悪感を感じつつも見ないふりをする。
身支度を済ませると、郁は少しだけ迷って、リビングのソファで眠ることにした。今日は堂上と一緒のベッドで寝たくない。ここで寝てしまえば堂上もあきらめるだろうし、もし眠る前に風呂から出てきたら寝たふりをしよう。そう考えてソファに身を横たえた。
風呂場からは堂上がシャワーを使う音がずっと聞こえている。
泣き疲れたからだろうか、眠れないと思っていたのに、郁はすぐに深い眠りに落ちた。



目が覚めたのは真夜中だ。
馴染んだ感触だと思ったら、郁が寝ているのはベッドの上だった。もちろん自分で移動した記憶などない。たぶん堂上が運んでくれたのだと思う。
音を立てないようにリビングへ行ってみると、堂上はソファで眠っていた。窮屈そうに、眉間に皺を寄せて。
郁は跪いてその寝顔をじっと見つめる。

何を考えているのだろうか。
今日のことを怒っているのだろうか。
それとも少しは悔やんでくれている?

こんなに近くにいるのに、堂上の心がわからない。







「あんた最近どんよりしてるわよね」
柴崎が小さくため息をつきながら言った。
「もうわかりやすいったらないわ。……堂上さんとなんかあった?」
珍しくやさしい表情を見せる柴崎に、郁の涙腺はじわっと緩んだ。情けない顔をして柴崎に縋りつく。
「しばさきぃー、あたしどうしていいかわかんないよー」
「ちょっ、やだ突然号泣しないでよ」


大学で話せないと踏んだ柴崎が連れてきてくれたのはカラオケボックスだった。手塚も一緒だ。昼間だし未成年ばかりなので、今度は居酒屋というわけにいかない。
郁が泣きじゃくりながら話す事情を、二人は黙って聞いてくれた。
あの日から数日、堂上とはまともに話をしていない。夜眠るのも別々だ。当然、挨拶のたびにしていたキスもずっとしていない。

「あんたとしては信用されてないって思ったわけね」
柴崎が気持ちを確認してくれる言葉にうんと頷く。
「確かにね、大学にこっそり来てるのもどうかと思ったしね」
「だよね、信用されてない証拠だよね……」
「ま、だからかわいい格好させてお灸を据えてやったわけだけど」
そこで柴崎はしばし考えるそぶりを見せた。
「お見合いのことは何か話しにくい理由があったかも知れないわね」
「……それって、どういう……」
「ま、自分が嫌な思いしたくなかったとか、あんたは知らないままのほうがいいんじゃないかと思ったとか、そういうのもあるとは思うわよ。何にせよ他のルートからバレる可能性はいっぱいあるんだから、自分の口からちゃんと話しとくべきだったと思うわ。でもね」
柴崎はそこで郁の顔をじっと見た。
「見計らい権限」
「……え?」
「あんたが茨城で助けてもらったときに、堂上さんは見計らいを使ったって言ってたでしょ?あんたはよくわかっていないだろうけど、それってものすごく大ごとになったはずよ」
「……」
「見計らい権限でどこかの書店が救われたなんて話、他で聞いたことある?ないわよね?そんなこといつもしてたら図書隊の予算だって苦しいでしょうし、到底現実的じゃないわ。言いにくいけど……堂上さんはかなり吊るし上げられたと思う」
「……」
あまりにも予想外の話にろくに返事も返せない。郁の混乱をわかっていたかのように、柴崎も手塚も黙ったままだった。手塚も何も言わないということは、柴崎の言うことを肯定しているということなのだろう。
堂上はそんなこと一言も言わなかった。だが、郁のせいで堂上は辛い目にあったのだろうか。
「ショック受けたかもしれないけど、ここからが本題よ」
柴崎はやさしく言った。
「そこまで大きなことを起こしたんならね、堂上さんはその時の上司やなんかにすごく負い目を感じてるでしょうね。それがあってお見合いを断れなかったんだとしたら?」
「……脅された、とか?」
「そこまではわかんないわ。でもお見合いの話を持ってきたのって、防衛部長の奥さんなんでしょう?あの責任感の強い堂上さんがいろいろ考えちゃったとしても無理はないわ」
ね、手塚。柴崎は不意に手塚に視線を向ける。
「柴崎の言うとおりだ。そういう事情があった可能性は高いと思うし、それならあの人は断らないと思う。でも、断らない理由をお前に言うことは絶対にしないと思う」
「推測にしか過ぎないけどね、あたしもそう思うのよ。そういうことが絡んでたからね、言いにくかったのもあるんじゃないかしら」
柴崎は困ったように微笑んだ。
「あたしのせいで篤さんは辛い目にあって、お見合いを受けなきゃいけなかった……?」
「だからきっと、あんたが『あたしのせいで』って思うのが嫌だったのよ」
ね、手塚。柴崎は再び手塚を見る。
「ああ、俺が堂上三正ならお前にそんな風に思わせたくない。堂上三正なら見計らいをしたことでどういう結果になるかわかっていただろうし、自分の意思で行動したんだろう。お前が責任を感じる必要もない」
あまり聞くことのない、手塚の強い言葉。それが胸にすっと入ってきた。
堂上があの時助けてくれたことに言いようのない感謝を感じていた。けれど、堂上がそこまでの覚悟を持っていたなんて知らなかった。そこまで強く、自分を助けたいと思ってくれていたなんて。

「うまくそこを避けてお見合いのことを説明しようにも、そのこと自体が言いにくさに拍車をかけるってこともあるしね。……でもだからって話さなくていいってことにはならないのよ。ただそういう事情があったのなら、あんたも信用されてないとか思う必要ないって話」
少しは気持ちの整理がついた?柴崎はそう言って郁の顔を覗き込む。
「……あたしのこと、大事に思ってくれてるってことだよね?」
言ってみると、また涙が溢れた。柴崎はそんな郁の肩をそっと抱いてくれる。
「そうよ。ま、ちょっと過保護が過ぎるわけだけど」
柴崎は苦笑混じりで言った。
「いくら大事だからって、そこはなんとかしたほうがいいと思うわ」
「でも俺、こいつが結婚相手だったら心配でたまらなくなる気持ちもわかるな。こんな無防備で鈍感なやつ」
「あら、鈍感とかどの口が言ってんのかしら」
「……もしかして、俺のこと言ってんのか?」
いつもながらの二人のやりとりに郁の気持ちも少し和む。



「実はね、今日篤さんが茨城で助けてくれた日なの。なのにこんなでどうしようって」
ずっと前から、出会って一年のお祝いをしようと思っていた。堂上ともそう話していた。なのに、こんなことになってしまって、どうしたらいいのかわからなくなっていたのだ。
けれど、この日をただ通り過ぎてしまったらもう後戻りができないような、そんな気がしていた。
「あたしちゃんと篤さんと話するよ。そんでちゃんと仲直りする」
「頑張りなさいよ」
涙を拭う郁の背をぽんぽんと柴崎が叩いてくれた。
「うん、ありがとね。柴崎も手塚も」
郁はまだ泣き笑いの表情で答える。



その時、郁の携帯電話が鳴った。

 

 

 

 

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(from 20121217)