+ おくさまは18歳 30 +  パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

 凝った物は作れないけどね、といいながらも、なんとか夕飯らしい物を試行錯誤で作れるくらいには郁も上達していた。
「習うより慣れろ、ってこういう事だよね、きっと」
秋の炊き込みご飯って思ったより簡単だったよー、とご飯を口に頬張りながらも郁は笑顔を堂上に向けながら話す。
向けられた笑顔に癒されるが、帰宅するまでモヤモヤと思っていたことを口にできず上の空で応じていた。
「・・・どうかした?篤さん?」
さすがに郁も普段と違う堂上の様子を気にし始めた。

「いや、本当にお前は体で覚えるタイプなんだなぁと思ってな」
「ええっ、料理の事?」
「他のことも全部」
「・・・勉強だけはそうは行かないんだよねぇ」
「そうだな」
郁がわざと大きくため息をついたのをみて、堂上が苦笑する。おどけてみたことで笑ってくれた堂上を見て、篤の先ほどの様子は特に気にしなくても大丈夫なのかな?と思えた。
その証拠に頭にぽんっと掌を置いて跳ねさせた。
「郁のご飯は愛が籠もっているから美味しい」
「まあね」
照れ笑いをする郁はほんとに愛らしい。
「でも篤さんには敵わないからなぁ、料理も。これも愛情の違い?」
「じゃあもっと愛を与えてもらえないとなぁ」
「・・・なんか篤さんが言うとえっちい意味に聞こえる」
「俺はそれでもいいけどな」
「だめ。料理の腕で愛情表現してやるもん」
新婚らしい夫婦の会話をしながら、篤は心の奥で郁が俺に伝えてくれなかった福井からの告白の話しをまた考えていた。

俺たち、ちゃんと思っていることを伝い合ってるのか?

堂上が食器を洗っている間に郁は風呂に入り、その後入れ替わりで堂上もお湯を使ってから二人でリビングに落ち着いた。といっても、郁は洗濯物を畳みながらだったが。
「篤さん、お願いがあるの」
「ん」
「今週末に大阪で大会があるんだけど、負傷した東京代表走者の代わりに選手登録されたの、金曜の夜から日曜日まで泊まりで行くんだけど、参加していいよね?」
「ああ、実力を認められたんだろう、がんばってこい」
「それでね、今回は遠征費用が自己負担だから・・・少し出してもらってもいいかな?」
「わかった」
また郁の頭をくしゃりと撫でた。
「ごめんね、ありがとう」
それなりの費用になるからと気にしているらしい。

今週末か。
幸か不幸か、それは俺に降ってきた例の見合いの日と重なっていた。
郁が週末いない。郁に余計な心配を掛けたくない。行って礼だけ尽くしてきっぱり断ってくるのだから。そんな言い訳を自分に与えて結局、見合い話しについては、郁に伝えることをしないまま、その日を迎えた。





*  *  *





お決まりの、なんだろうか。
就職2年目で結婚している同期も少ないし、当然見合いをするやつも少ないから、特殊部隊で過去に中田夫人のターゲットになった先輩から聞いた話だが。

都内のホテルのラウンジで待ち合わせして、眺めのいいレストランに向かう、らしい。
いわゆる見合い写真をもらったが、開くことなくそのまま中田夫人に返そうと持参してきた。
「堂上くんは、筋のある男だから、って常々主人から聞いていてね。若いからまだ結婚は考えてないだろう、って言ってたけど、お相手の方もまだ若いのよ。しかもあまり歳の離れた人とは結婚したくないっていう事でね。気さくに話せる歳の方がいいんですって。だから、結婚ありきじゃなくて、彼女候補の一人にって考えてくれればといいんだけど、ほら、合コンみたいにね」

一階ラウンジで待ち合わせした中田夫人と軽くお茶を飲みながら、今回の見合いのいきさつを話された。
「中田さん、自分はまだ特殊部隊に配属されて一年目ですし、結婚とか恋愛とかって・・・」
「あら、恋愛はいつだって構わないんじゃないの?本以外にも守る物があるって男の人にとっては大事だと思うのよ、恋人とか家族とか。自分に何かが合ったときに、そういう人たちを悲しませるかも、なんて考えながら抗争に向かってたらダメ。自分には帰る処があるからこそ、無事に帰るんだ、って思って男は戦うのよ」
管理職の奥さんという立場で、夫の帰りを待つ古風な人なのかと思ったら意外と図書隊という特殊な仕事をする男の事をきちんと理解しているんだな、と思った。
「私たちは子供に恵まれそうにないから・・・あの人の部下やら後輩やらにお世話をしたくなっちゃうのよね、私。部下達の話しを色眼鏡なくきちんと話してくれるのよ、うちの人。だから堂上くんとは殆ど話したことがなくても、なんかよく知ってる人みたいに私が勝手に思ってるの。だからこそ応援したくなっちゃってね」
「見合いなんていうと、本当に大げさだから断るの前提、って思っているかもしれないけど、ある一つのきっかけだと思って食事ぐらいは付き合ってあげて。お相手のお嬢さんに男っ気がないから、と親御さんが早くから心配しててね、本が好きなお嬢さんだから、図書隊の人となら会ってもいい、って事になったのよ。だからその辺はお願いね」

いっそラウンジで待ち合わせしたときにその気が無いことを言おうと思っていたのだが、中田夫人は見合い結婚を何組成就させた、と言うことに生き甲斐を感じているタイプと思っていた認識とはちょっと違っていた。

郁に内緒で女性と食事をすることになる、が。

「本当はここでお目に掛かったらすぐお詫びしようと思っていました。その気がないのに食事するのも失礼かと。ですが中田さんと相手の方の顔をたてて見合いまではします。その代わり今後俺に見合い話しを持ってこないと約束してください」
「・・・わかったわ」
少し残念そうな顔をしたが、中田夫人は了解の意で応じた。そして堂上は先に持ってきた見合い相手の写真を中田に手渡して返却した。





見合いという名の食事は、展望レストランで二人だけで行われた。
お互いに名前を名乗っていたので、テーブルについてからは堂上から話しを切り出した。
「最初に言っておきます。自分には好きな人がいます。なので申し訳ないがあなたと付き合う気も結婚をする気もありません」
目の前にいる、愛らしく着飾った自分より目線が下な女性に深々と頭を下げた。

「いいんです。こんなお顔立ちも格好良くて素敵な方に彼女がいないなんて、おかしいとおもいましたから」
頭を上げて下さい、困りますから、と女性は言った。
「・・・私も親のつきあいで仕方なく、という感じですから。たしかに図書隊の方ときいて、興味は湧きましたけどね」
私、よく図書館に行くんですよ、武蔵野第一ではないですけど。蔵書数もずいぶん多いみたいなので今度行きますね、と言われて、来てもらっては困りますとは言えない。

「ええどうぞ。自分はあまり館内業務に就くことはありませんが」
図書館に来る事を拒めないが、断ったとはいえ、あまり馴れ馴れしく話をしたくないし、関わりを持つのも避けたい。
だから、彼女に悪いと思いながらも、本の話しを訊くだけで、つとめてレファレンス以下のクールな対応姿勢を貫いて、仏頂面を崩さないようにした。



名前だけはお互い名乗ったが、それ以上何も訊かず何も言わずに、食事を淡々と終え、再び一階のロビーで再度お詫びをして別れた。
その気が無いことは納得してもらっていると思っていた。
その旨を中田夫人に電話連絡して、挨拶をしてからネクタイを少しゆるめて一人帰路についた。
ふと出てしまう罪悪感のため息と、この空の向こうで郁はがんばってるんだな、と愛しい妻の笑顔を思い浮かべながら。

 

 

 

 

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(from 20121203)