+ おくさまは18歳 27 +  パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 

 

夏休みが終わってからというもの、大学にいると時々視線を感じることがあるのだが、それは郁の気のせいだろうか。今までずっと勘違いだと思って気にしていなかったのだが、今日はなんだかその視線を強く感じる。
気になって柴崎に聞いてみると、さあねえと笑われた。手塚に聞いてみると、「お前気をつけろよ」と真顔で言われる。
「何よ、篤さんみたいなことばっかり言って」
郁はむくれて手塚を睨んだ。
「注目集めてるのは確かだろ。男共がお前のこと見てわいわい言ってるんじゃないか」
「そうかなあ」
今日注目を集めているのは、いつもより綺麗な柴崎のほうだと思う。
まあ確かに最近男の子に話しかけられるようなことは増えてきているわけだけれど、それが事実だとしても、感じる視線はそういう類のものではない気がしている。なんというかその視線はもっとじっと見られているようなものに思えるのだ。
「注目集められてるのは夏休み前からのことでしょ。別の方向から考えてみたら?」
柴崎は楽しそうに言った。
「別の方向って何?」
「お前なんか知ってんのか?」
郁と手塚は同時に聞くが、柴崎はやっぱりさあねえと答えてくれない。





午後からの3限4限は二限続けて司書講座だ。今日は、その後もう講義も陸上の練習もないのでそのまま帰れる。堂上が迎えに来てくれるというから、そのまま帰ればまた少しデートっぽいことができるだろうか。
「あんたまたニヤニヤして、堂上さんのこと考えてるんでしょ」
「え?なんでわかったの!?」
「あんたが考えてることなんて大概それしかないでしょうに」
柴崎は呆れ顔だ。
けれど、そんなことを言われたって浮かれる気持ちは変わらない。堂上が休みで郁も時間が空くことなんて、そんなにしょっちゅうあるわけではないのだ。

ニコニコしながら柴崎と手塚と一緒に講義室へと向かっていると、ちょうど角を曲がってきた人物に声をかけられた。司書講座で一緒の、例の男の子だ。内心困ったなと思うが、必死に顔に出さないように努力をする。
「笠原ちゃん、今日はすごくかわいい格好してんね」
「あ、え、そんなことないって……」
「かわいいよー。皆注目してるって」
言われ慣れないことを言われて、またも郁はうろたえる。うまくはぐらかせないでいると、手塚が口を挟んでくれた。
「山下も3、4限は講座受けるのか」
「そうに決まってんだろー」
この男の子は山下というのか。正直なところ、名前も覚えていないぐらい郁には興味のない人物だ。
「あ、それでね、笠原ちゃん」
その後も曖昧な返事しかしないのに、山下はやたらと郁に話かけてくる。これはもう完全に一緒に講義を受ける流れだ。

講義室に着くと、またあの視線を感じて、郁は一瞬そちらに気を取られた。
「ぼーっとしてんじゃないわよ」
柴崎が小声で言って、さりげなく郁と腕を組み隣に座らせてくれる。手塚もまたさりげなく郁の隣に座ってくれて、郁はほっと胸を撫で下ろす。
だが、山下はあきらめなかった。横は完全にガードされているのに、山下は郁の前に座り、ことあるごとに後ろを向いて郁と話をしようとする。それも、講義に集中したいからとやめてもらうように言えないぐらいのレベルなので、どうにもできない。
後ろからはまだ視線を感じる。山下にも言われたし、もしかしたらそれは今日の格好のせいなのかも知れない。けれど前のほうの席に座ってしまったので、もし見られているとしても、誰に見られているかなんて判別がつくはずもない。結局その日は二限分の講義の内容が頭に入らず、ただ疲れるだけとなった。

「俺すぐバイト行かなきゃいけないんだよねー。笠原ちゃん、今日はかわいい格好見られてうれしかったよ。また話そうねー」
山下は講義が終わると、拍子抜けするぐらいあっさり去っていった。
この後堂上が迎えに来てくれた時に山下と鉢合わせすることを危惧していたのだ。それを回避できたのは不幸中の幸いだった。

「やっと行ってくれたわねー。こんなに脈ないのにタフっていうかなんていうか」
「俺はもう冷や冷やしたぞ」
「二人ともありがとー」
無言なのに連携プレイで協力してくれた二人に心から感謝だ。
「で、堂上さんからメール来たの?」
「ううん、まだ。おかしいなー、いつもならもっと早くメール来るのに」
もしかしたら仕事が長引いているのかも知れない。だとしたら、早く帰ってご飯でも作ってあげて、家でゆっくり過ごさせてあげたいな。
「あんたから連絡しなさいよ」
「うん、そうだね」
電話はマズいかもと郁はメールを打ち始める。そうしているうちに、こちらに来た女子に声をかけられた。
「柴崎さん、笠原さん、おつかれー」
「あ、おつかれー」
「あのね、ちょっと二人の耳に入れておこうと思って。なんかあたしの友達がね、二人のことをじっと見てる男を見かけたって」
「じっと見てる男……」
郁には当然ながら心当たりがある。自分が見られているのだとばかり思っていたけれど、もしかしたら一緒にいる柴崎のことを見ていたのかも知れない。特に今日の柴崎はいつもよりずっと綺麗だ。
あたしはこんな大女だけど、柴崎に何かあったらどうしよう。そう思って郁は顔をしかめる。柴崎も少し困った顔をしたように見えた。
「心配してくれてありがとう。気をつけるわね」
なのに、一瞬後には柴崎はにこやかに返事をする。
「あ、ありがとうね」
つられるように郁も礼を言った。

「ちょっと柴崎大丈夫?なんか今までに心当たりとかないの?」
彼女が去ってから、郁は柴崎に抱きつかんばかりになって言った。
「大丈夫よ。それよりほら早く連絡しなさい」
「そんなこと言ったって心配だよ……」
「大丈夫だって」
「何の根拠があるの……」
ぐすぐす言う郁をなだめながら、柴崎は郁にメールを入れさせる。
「それにしてもやっぱり気のせいじゃなかったんだよね」
「そうだな」
手塚も渋い顔をした。
「俺がいる間はいいが……」
「手塚ぁ、これから毎日柴崎を送ってあげてよ」
「そうしたいのは山々だが……。って、危ないのはお前もなんだぞ。堂上三正が聞いたらどう思うか」
「あたしはいいの!柴崎なの!」
「ちょっとあんたたち、あたしを抜きに話進めないでよ」
「そもそもお前が、き、き、きれいな格好してるからだろ。笠原だって見栄えがするし、変な奴が寄ってきたっておかしくない」
三人はぎゃあぎゃあ言い合いながら講義室を出る。
と、郁ははっと立ち止まった。またあの視線を感じる。

二人のことじっと見てる男を見かけたって。
気のせいかも知れないと思っていたことがそうではないとわかったところだ。一瞬身が固くなるが、そんなことをしている場合ではない。
捕まえなくちゃ。
図書館で窃盗犯を捕まえたときに堂上に怒られたことなんてすっかり頭から飛んでいる。
郁はすばやく振り返った。

「お前か!」
振り返るなり、こちらを見ていたのであろう男が向こうに走り去ろうとするのが見えた。
郁も反射でその姿を追いかける。
「逃がすか!」
脚にはもちろん自信がある。けれど逃げる男の脚も素早かった。追いついたのはさっきの講義室から離れた人気のない廊下だ。
「柴崎に手出しなんてさせないんだから!」
そう叫びざま、相手に体当たりをする。
その時郁は初めて相手の顔をしっかりと見た。

「え?え?え?……篤さん!?」
その相手はまぎれもなく自分の夫である堂上だ。
「え?なんで?」
堂上はバツが悪そうに郁から目をそらす。
「あーあ、バレちゃいましたね」
きょとんとする郁を前に、追いついた柴崎はニンマリと笑った。






28へ

(from 210121126)