+ おくさまは18歳 25 +  パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 

 

進藤の家を出て寮へ帰る隊員と別れた途端、郁は堂上に腕を強く引っ張られて自宅への道を戻った。
「あっちゃん……、あっちゃんってば!」
腕を引かれながら後ろから懸命に呼ぶのに、堂上は振り返ってくれない。
「あっちゃんって呼ぶな」
ただそう言うだけだ。

家に着くと堂上は荒々しくドアを開けて郁を放り込むようにしてから、また乱暴にドアを閉めた。その音が郁の耳にはやけに大きく響く。
そうして堂上はそのドアに郁を押し付け唇を重ねた。
「ん……んん……」
早足で帰ってきたのにいきなり深いキスをされて郁の息はすぐに上がる。
「ちょ……こんなとこでやめて」
郁は必死の力で堂上を押し返した。堂上はキスはやめてくれたが、郁をがっちり抱きしめたままだ。
「……すまん。だが……」
「だが、何?」
「……もっとうまくかわせるようになれ。心配なんだ」
「そんなこと言ったって……」
郁は口を尖らせる。
「彼氏いるって言ったらボロが出ちゃいそうだし。あたしだってがんばってるんだから」
「じゃあ好きな人がいるでもいいだろ。それなら突っ込まれにくい」
「あたしにはどっちもおんなじだよー」
どちらにしても嘘は苦手だ。どうすればいいのかわからなくて泣きそうだ。
だが、まだ堂上は不機嫌そうな顔を崩さない。それを見ていると郁のほうの不満な気持ちも大きくなる。

「篤さんこそ!」
郁は堂上を睨んで言った。
「あたし怒ってるんだからね!」
「……何がだ」
堂上は怪訝そうな顔をする。
「あたしのこと子供とか言って!傷ついたんだから!」
堂上は立派な社会人だけど、自分はまだ大学一年生だ。前に堂上が同期らしい女の人といた時に逃げ出してしまったこともあったけれど、堂上にはもっと大人の女の人が似合うんじゃないかとか時々不安になることがある。そう思っているからこそ、他でもない堂上に子供と言われるのは傷つく。
「好きで子供なんじゃないもん……」
できるなら、妹なんて思われないぐらい大人っぽくなりたかった。そう思うと、自然と涙が零れる。
「いや、あれは言葉の綾で……」
思いがけないことだったのだろう、堂上が慌てるのがわかったけれど涙は止まらなかった。そして泣けば泣くほど悲しくなる。
篤さんと同じ歳ならこんなふうに隠さなくても済んだのに。
「郁、ごめん」
堂上は郁の顔を下から覗き込んだ。
「福井三正がお前にあんまり絡むからつい、な。……どうしたら許してくれる?」
堂上の言葉の歯切れは悪い。自分でも悪いことをしたと思っているのだろう。
「……もう、あんなこと、言わない?」
郁はしゃくりあげながら聞いた。
「言わない、絶対に」
堂上はしっかり郁の瞳を捉えて答える。
「許して欲しい?」
「……ああ、何でも言うこと聞くから」
「じゃあ大好きって言って。好きじゃなくて、あたしのこと大好きって」
郁は潤んだ瞳で必死に堂上を見つめた。今堂上の言葉が聞きたい。
堂上はためらいもせずに口を開いた。
「郁、大好きだ」
そうしてその細い体をぎゅっと抱きしめる。
「子供とか思ってない。郁が郁だから好きなんだ。お前じゃなきゃだめなんだ」
郁も堂上の背に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。その体は温かくて逞しい。
「うん、あたしも篤さんのこと大好きなの」
郁は照れたように笑った。
「……だから許してあげるね」
「ああ」
堂上の顔にもようやく笑顔が戻る。

そこでお互い靴も脱いでいないことに気付いて、やっと部屋に上がった。
もう夜も遅い。
どうしようかと少し迷って、郁は真っ直ぐに堂上のほうを見た。
「あのね、一緒にお風呂入ろ」
離れたくないの。そう言う顔は林檎のように真っ赤になっている。
「それで、今夜はずっと抱きしめてくれる?」
自分からこんなことを言うなんて、堂上を傷つけてしまったあの時以来だ。

本当はすごく恥ずかしい。でも今は堂上ともっと気持ちを確かめ合いたくて、ちゃんとそれを伝えたかった。
「ああ、俺も離さないから」
堂上はいつもよりも優しい顔で微笑んだ。気持ちはきちんと伝わっているのだと思う。

「じゃ、風呂行くか」
堂上は郁を軽々と抱き上げた。
「脱がせて綺麗に洗ってやるからな」
「え、ちょっとそれは恥ずかしい!」
郁はじたばたと抵抗するが堂上は降ろしてくれない。もう、と頬を膨らませながらもほっとした。同時にすごく幸せな気分になった。





だが、それだけで話は終わらなかった。
その日は堂上の課業後すぐに一緒に出かける用事があって、郁は基地の門の前で堂上を待っていた。
課業が終わったのだろう隊員たちが出かけるためにちらほらと門を出て行く。けれど、堂上はなかなか出てこなかった。
「遅いな……」
なんとなく心細い気持ちになる。
と、後ろから肩をぽんと叩かれた。
「郁ちゃん」
そう笑いかけるのは進藤の家で会った福井だ。郁に気のあるそぶりばかり見せてきたことを思い出して、思わず郁は身構える。
「こ、こんにちは……」
おどおどと挨拶すると福井は困ったように笑った。
「そんなに緊張しないで。取って食おうってわけじゃないんだから」
「え……あ、すみません」
悪い人ではなさそうなのにと少し申し訳ない気持ちになる。
「ただ、この間は皆も……堂上もいたからちゃんと話せなかったんだけど」
「……」
聞かないほうがいいことだと直感が訴えた。けれど、咄嗟に逃げ出すためのいいわけを思いつかない。

「この間窃盗犯を君が捕まえただろ?」
「……あ、はい」
「前からかわいい子だなって興味持ってたんだけど、あれを見てすごくいいなって思ったんだ。だから、ちょっと、俺のこと考えてみてくれないかな」
堂上以外の人にこんなことを面と向かって言われたのは初めてだ。予想していたことではあるけれど、思わずぼーっとなってしまう。
けれどその時、先日堂上に言われたことを思い出した。ぼんやりしていていないで、あたしはちゃんとやらなきゃいけない。
「あ、あの……あたし好きな人がいるんで」
事実と言えば事実ではあるけれど、口に出してみると、心苦しいことには違いなかった。
「……そうか……」
「……すみません」
謝罪だけは心からのものだ。
「じゃ、もし気が変わるようなことがあったら教えてよ。俺はしばらくフリーだろうから」
軽く言ってくれたのは、まだ若い郁がこれ以上気にしないようにとの配慮だろうか。
そんないい人に嘘をつかなくてはいけないことに郁は泣きたくなった。
「じゃあ、またね」
福井は郁の返事も聞かず先を歩いていく。
「ごめんなさい」
郁は後ろからもう一度深く頭を下げた。



幸いなことに、堂上がやってきたのはそれからもう数分は後だった。
「どうした?」
少し元気のないように見える郁に、堂上は気遣わしげな声をかける。
「ううん、何でもないよ」
行こ、郁はそう笑って歩き出した。





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