+ おくさまは18歳 23 +  パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 

 

「なんで最近郁ちゃん図書館で勉強してるわけ?」
そうこっそり聞いてきたのは小牧だった。もうすぐ昼休みも終わろうかという時間。堂上は自分のデスクで午後からの書類仕事の準備をしている。
「……いや、何となく……。大学でやってくると帰りも遅くなるからな……」
堂上の言葉の歯切れは悪い。しれっと開き直ってしまえばいいのに、小牧にからかわれるかと思うと決まり悪さが先に立つ。
「ああ、虫が寄ってくるのが心配ってわけね。こっちなら何とか見守っておけるしって?」
「……ああ」
はっきり言わなかったにも関わらず、小牧にはしっかり見抜かれている。
「気持ちはわかるけど」
小牧が笑い出して、堂上の眉間には皺が寄る。
「ほっとけ」
堂上が言うと小牧は真面目な顔に戻った。
「でもさ……」

「お、堂上!」
小牧が言いかけたところに入ってきたのは進藤だった。
「お前の妹、今日も図書館に来てたな。さっき挨拶されたぞ」
かわいい妹さんだな。お前がシスコンになるのもわかる。進藤はにやりと笑う。
そうすると、他の隊員たちも堂上の周りに集まってきた。
「お、噂の堂上の妹か、見てみたいなぁ」
「俺は前見たけどかわいかったぞ。今日の課業後、声かけに行ってみようかなー」
そう言うのは、先日堂上に郁を紹介しろと言ってきた二つ上の先輩だ。
「福井はえらくご執心だなー」
「ああ、結構好みなんだよなー。堂上に全然似てなくて、こうすらりとしてて」
「堂上はチビなのに、妹さんは背高いよなあ」
身長差のことを言われて、堂上は二重の意味で眉間の皺を深くする。
「そろそろ、昼休みも終わりだぞ。閲覧室業務の奴らはさっさと行けー」
緒形が例によってのんびりと口を出した。
その声に、先ほどの福井を始めほとんどの隊員が動き出す。
「ね、こっちも安全じゃないでしょ?」
小牧が小声で堂上に囁いた。





課業が終わってすぐに堂上は図書館に向かった。閲覧室業務の先輩たちももう仕事は終わったことだろう。郁に声をかけにいっているのではないかと思うと、堂上の足は自然と速くなる。
「あら、堂上さん」
近寄ってきたのは柴崎と手塚だった。手塚は堂上を見てはっとしたようにかしこまる。
「ああ手塚、この間はすまなかったな。その……、誤解して」
「いえ、謝って頂くことではありません!」
頭を下げる堂上に、手塚は生真面目に敬礼した。
「あんた、部下でもあるまいしさ……」
柴崎は呆れた顔をした後、堂上に向き直る。
「そこは分かっていただけたようで良かったんですけど」
あの後柴崎から堂上にはメールが届いた。手塚に嫉妬するなんてよっぽどなんですね。と堂上としては少し苦い顔になってしまうような内容だった。
「心配だからって今度はこっちにいてもらうことにしたんですか?」
「あ、いや……」
今も的確に堂上の痛いところを突いてくる。
「心配するぐらいいい女になったのは、毎日かわいがりすぎてるせいだと思うんですけど?」
「……」
こちらの反応をじっと窺う柴崎にたじろいで、返す言葉が出てこない。
「ちょっとは手加減してあげてくださいね?」
柴崎はそんな堂上ににこりと笑った。
「お前、いったい何言ってんだ?」
幸い、手塚は何もわかっていないらしい。それが今の堂上にとっては救いだ。

「じゃ、笠原のところに戻りますか。堂上さんも笠原迎えにきたんですよね?」
さっさと話を切り替えた柴崎を先頭に三人で歩く。郁がいる自習室のそばまで来ると、郁はちょうど部屋から出てきたところだった。
「あ!あ、あっちゃん」
郁は堂上に嬉しそうな顔を向ける。
と、こちらに近寄ってきた郁の顔が急に険しいものに変わった。
「どうした?」
怪訝そうな堂上の言葉にも郁は答えず、ただ堂上の服の袖をぎゅっと握る。
「篤さん、あれ捕まえなきゃ」
言うや否や、郁は走り出していた。
「おい、待て!」
堂上が振り返ると、一人の男が本を抱えて走り去ろうとしたいるのが見える。堂上もすぐさま郁の後を追った。
現役の陸上選手だけあって郁の足は速い。すぐに男を追い詰めた。
「逃げんなって言ってんでしょ!」
郁は男の背に、走ってきた勢いのままドロップキックをかます。
男が倒れると同時に近くにいた防衛員もたどり着いて、男を倒し拘束した。

「郁」
追いついた堂上が郁の肩に手を置く。
「あ、あっちゃん!逃げられなくて良かったよ!」
頬を上気させる郁に堂上は渋い顔をした。





窃盗犯確保の調書を作るために郁は協力者として参加した。柴崎と手塚には帰ってもらい、堂上もそれに付き合う。
その間中堂上はずっと厳しい顔をしていた。
仕事モードだからなのかな。郁は少し不安に思いながらも防衛員の質問に答えていく。

「では、堂上三正、妹さんもありがとうございました」
防衛員が犯人を連れて部屋を出ていったところで、郁は堂上の方を見た。
「篤さん?」
相変わらず堂上は怒ったような顔だ。
「何か怒ってる?」
堂上も何も言わずに郁の方を見た。
「……郁……」
呟くなり郁をぎゅっと抱きしめる。
「もうあんな無茶するな」
「え?」
言われた意味がわからず、郁はきょとんとした。
「お前は防衛員として訓練を受けたわけじゃないんだぞ。もうあんなことするな」
「え、でも……」
いきなりの強い口調に反発の気持ちが頭をもたげる。
「蹴りで倒れてくれたから良かったものの、相手が刃物でも持ってたらどうするつもりだったんだ。お前、そこまで考えてなかっただろう?もう頼むからあんなことやめてくれ」
堂上はそう言って郁の顔を真っ直ぐに見た。その顔は苦痛に満ちていて、郁は胸を突かれた。
「……ごめんなさい」
素直に頭を下げる。確かに堂上の言うとおりだ。
「図書館の本盗もうとするなんて、見たらいてもたってもいられなくて……」
「……ああ」
「体が勝手に動いてて……」
「……ああ」

堂上は出会ったときのことを思った。
あの時からずっと郁は真っ直ぐな郁のままだった。何の力も持っていないのに良化隊に立ち向かった郁だからこそ、心を鷲づかみにされたのだ。
けれど、いつも堂上が助けにいけるわけではない。鍛えることは可能だとしても、一般人である以上限界がある。
そして、今の堂上は郁がいない生活など考えられないのだ。

「郁が危険な目に合うかと思うと心配でたまらないんだ。……わかってくれるか?」
「……はい、ごめんなさい」
郁はうなだれて下を向いた。堂上はその姿をしばし見つめ、ぽんぽんと頭を叩く。
「けど、お前のダッシュはすごかったな。あの距離だと他の奴らも……俺だって追いつけなかった」
不意に褒められて郁は顔を上げる。
「もうあんなふうに肝を冷やすのはごめんだが、助かった。ありがとうな」
叱られたり感謝されたりでどういう顔をしたらいいのかわからない。泣き笑いの顔で堂上を見ると、堂上は目を細めてやさしく笑ってくれた。
「突っ走るのは心配だが、そんな郁が好きなんだ」

いつも郁のことばかり考えている。
俺は重症だなと堂上は思った。
郁が危険な目に合わないように本当はずっと離れずに見守っていたいし、他の男が近寄ろうとするのだって不安で堪らないのだ。
「はい、あたしも篤さん大好きです」
頬をほんのり赤く染める郁が、ただ堂上のことを思ってくれていることは知っている。

堂上はその唇にゆっくりとキスを落とし、その感触を確かめあった。

 

 

 

 

 

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(from 20121112)