+ おくさまは18歳 10 +   パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

 

 

その日の堂上は全日閲覧室業務だった。
3月から一緒に特殊部隊配属となった小牧と共に所属する進藤班は本来6人なのだが、先日班の先輩が訓練中に足をひねり1週間ほど休みをとっているため、今は5人体制だ。2人1組のバディを組んで勤務につくのは防衛部・特殊部隊の決まり事なので、班長1人だけは全日事務仕事、と予定はなっていた。

昼食もすませ、午後の業務の前に所用で事務室に立ち寄ったときに、班長の進藤が堂上に向かってぼやき始めた。
「くそー、事務仕事なんて一日やったら頭が干物になっちまうよ!」
干物ってなんだ?!どういう例えだ?!
堂上は直属の上官の発言にそうつっこみたかったが、あえて黙った。
「人生刺激が必要なんだよ、な、堂上」
「何のことですか?」
「仕事とはいえ、こんなおっさんしかいない事務所に半日以上いられるかって。午後は俺も閲覧室業務に就いて、潤いを・・・あ、違った、部下の進歩状況確認しないとならんだろう」
特殊部隊内ではそろそろベテランの域に入る実力者なのに、ガキ大将のような表情で自らの正当性を唱え続けた。
「それにだな、利用者の声を直接聞けるレファレンスは特殊部隊にとっても大事な仕事だ。他にも今の流行を知ったり、話題図書に触れたりだなー」
堂上に向かって説法をしている風で、実は事務所内にいた緒形副隊長に向けてさりげなく話しを振っているのが見え見えだ。

「ああわかった、進藤、午後は閲覧室業務で構わん」
緒形があきらめたようなため息混じりでそう進言した。まだ3分の1程度しか机の書類は減ってないがな、というのはお構いなしらしい。

いや今日は、今日だけは、進藤班長はおとなしく事務仕事を片付けた方がいいですよ!
あんなに机の上に山積みになってるじゃないですか!

そう言いたかったのだが、まだ特殊部隊に配属になって3ヶ月も経たない堂上にはとても進言できる言葉ではなかった。結局この人は副隊長がいいというまで、いろいろと手を考えていただろうな、と思った。

もう、腹をくくるしかないらしい。

先日ちょっとした行き違いで、郁の大学の友人と会う約束が流れてしまったため、今日の午後に再度時間を取ることになっていた。
表向きは官舎で「妹」と同居、という事になっているのだから、郁は図書館に出入りしようが、友人を連れてこようが、問題ないのではあるが…

あまり積極的に郁を隊員に会わせたくない、というのが堂上の本音だった。
長くいれば、当然顔も知られていくことはわかっているのだが、「妹」と偽っている以上、「兄」としてしか郁を守ることができない。
15時の休憩に会わせて来るように伝えたから、素早く喫茶室に移動するしかないな、堂上は心の中でそう段取りをした。






約束の時間まで何事もなく、普通に業務をこなした。
5分前には待ち合わせた玄関ロビー近くへ出向いた。その時ちょうど玄関先から郁と、先日の同級生の男女の姿が見えた。
その3人組は、きわめて普通に入館したはずなのに、ずいぶん際だって目立つ存在だった。
長い黒髪のひときわ顔立ちの整った女性、背が高く、スレンダーで愛らしさのある女性、その少し後ろからクールな顔立ちの背の高い男性、そんな組み合わせなのだから、すれ違う利用者が思わずちらっと振り向く。

「郁」
堂上を目で探している様子の郁に、早めに声を掛けた。声の先へ向いた郁の顔がぱあっと明るくなる。
「あつっ…..」
いつもの調子で呼びそうになってとっさに声を止めた。
「こんにちは、堂上さん」
郁の声を遮るように、柴崎が堂上に会釈をした。
「こちらは同級生の手塚です」
柴崎は淡々と二人の後ろに立っていた手塚を紹介した。この場で郁と堂上にあまり会話をさせないよう気を遣っているのが、堂上には伝わった。聡い女だ、そう思った。
「初めまして、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む、今から休憩だから場所を変えよう、30分しか取れないが」
「構いません、ありがとうございます」
館内喫茶室は奥の階段を上って2Fにある。堂上は素早く3人を奥へと案内しようと歩き始めた矢先-------------

「おお、堂上休憩か?」
ニヤリと悪戯顔を浮かべて、班長がやってきた。なんでこの人はこういう時には絶妙なタイミングなんだ!
「進藤班長、お疲れ様です、休憩入らせていただきます」
「おう、せっかくだ、美人さんな連れを紹介しろよ、彼女か?」
「いえ、知り合いです」
そのまま、進藤に会釈して済ませようと思った矢先、郁が声を上げた。

「は、初めまして!ど、ど、堂上郁です!い、いつも、ど、堂上がお世話になってますっ!」
緊張の面持ちでその場で背筋を伸ばし、そう名乗ったあと、深々と頭を下げた。
突然の出来事に、挨拶された進藤を含め、面々が一瞬固まった。

その郁の挨拶に一番先に怪訝な顔をしたのは手塚だった。
おい、堂上ってなんだよ?
それを感じ取った柴崎は、グイッと手塚のシャツの袖を引っ張り、頭を斜めに下げさせた。
「……黙っときなさいよ」
本人以外には聞こえない声量で伝えた。

「おお、コレが噂の堂上の妹さんかー、いや、可愛くて礼儀正しいじゃねーか」
変わらずニヤニヤとした笑顔を浮かべながら、ポンと堂上の肩を叩いた。
「進藤です、どう、官舎生活は慣れた?俺も官舎住まいだけど、そういえば顔を合わせた事無いよな。ああ、棟が端と端だからなー」
進藤は郁に向かってにっこりと笑う。
班長と聞いたとたん、郁には「篤さんの直属の上官!」と変換された。
こ、ここは妻として、ちゃんと上官には挨拶しなくちゃ!
礼儀正しく、厳しく育てられた郁としては、当然の行動であった。
そのため、手塚の前で堂上郁と名乗ってしまうと、つじつまが合わないことに郁自信は全く気がついていないようだ。
そして郁の声は甲高く、よく通る声だったため――――――それほど大声を出したわけではないのに、近くの隊員には十分知れ渡ったらしい。
「郁ちゃん、今度うちに遊びにおいで」
「はい、ありがとうございます」
社交辞令ととった郁は、素直に礼を述べた。
「そうだ、今度特殊部隊の事務所にも差し入れもって遊びに来ると良いよ、堂上の先輩たちもきっと喜ぶからね、郁ちゃん」

それまで黙っていた堂上の眉間の皺がグッと深くなった。
そして上官の前ではあったが、郁の手をすっと取った。
「では失礼します、行くぞ、郁」
「あ、はい、失礼しますっ」
足早に先を急ぐ堂上に引っ張られるように、郁も後に続いた。
柴崎と手塚は軽く、その上官に会釈して目の前を通り過ぎた。

「おい、どういう事か後で説明しろよ」
「じゃ、あとであんたのおごりね、夕飯」
柴崎はにっこり微笑みながら、郁と堂上を追った。

笠原には悪いけど、手塚は巻き込まざる終えないわ―――――。
だけど、ちゃんと味方にもつけとくから。
柴崎はそう心で詫びながらも、おごりのディナーのメニューを考えていた。

 

 

 

 

 

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(from 20120927)