+ Delay in Love 7 +      堂郁上官部下期間(稲嶺誘拐後あたり)  ◆激しく原作逸脱注意+オリキャラあり◆

 

 

 

「笠原が他館へ異動ってどういうこと?しかも他県だなんて!」
「俺に訊くな」
俺だって何も聞いてない。あの子なんかやらかしたの?!と手塚は柴崎に懇々と責められいるのだが、手塚だけでなく堂上も玄田もみんな寝耳に水な人事異動だった。
「だいたい急性の喘息だなんて!あの子気になるほど咳なんてしてないわよ」
「ああそうだな」
確かに仕事中も気になったことはない。だが、このところ見せる笑顔は変わらなかったけど時折曇った顔をしていた事が多かった。だから体調がよくないのは本当かもしれない。
「お前こそ同室で何も聞いてなかったのか?」
「ええそうよ!親友だと思ってたのに何も聞かされてないわ!しかも電話にも出ないのよ、あの子」
書庫とはいえ、勤務時間中なので抜け出して寮の部屋まで様子を見に行くわけにも行かない。
「あたしに隠し事なんて、100年早いのよ」



柴崎が部屋にいない時を見計らって実はあらかた荷物をまとめてあった。
今日の午後は通常勤務のはずなので、部屋に戻ってくることもないと、あらかじめ単身パックの引越業者を呼んでいた。
クローゼットの中の物はそのままぶら下げて運んでくれるし、タンスの中も丸ごとケースにいれて持って行ってくれた。
そしてこれも前持って書きしたためておいた柴崎宛の手紙をそっとテーブルに置いた。

柴崎だけはごまかせない。
そう思ったから、このまま顔を合わさずに寮を出ようと思っていた。
二日半休みをもらったので、実家に行ってくると書いた。もちろん実家には行く予定はない。
ビジネスホテルに宿を取って、引越の為の書類の手続きなどを済ませようと思っていた。

休み明けに一日だけ出勤して挨拶して終わり。特殊部隊員としてのあたしの肩書きもなくなる。
大好きだった特殊部隊の先輩達。緒形副隊長。玄田隊長。思い出せば胸が熱くなる。
クールでありながらも、暖かく見守ってくれていた小牧教官、唯一の同期だった手塚。そして誰よりも追いかけたかった堂上教官。

あたしは『クソ教官!』だった堂上教官に追いついて、追い越したくてずっと走ってきた。
厳しさの中に『大事にしてもらっていた』事実があることに気がついたのはつい最近だった。余計なこと、と思うけどあたしが特殊部隊員だと両親に告げていない事情まで考えてくれていた。
そんな堂上教官に対して上官としてだけでなく一人の男性だと思うときがあった事を、今なら認められる。
離れたくないのは部下としてでもあり、女としてでもあったのかも、と思うのは堂上の子を宿したからだろうか。

そんな事今更思っても意味がないってわかっているのに。これ以上あの人の足枷にはなりたくない、っていうのも本心だから。
今頃柴崎は、置き手紙を読んでいる頃かな。かかってくるであろう電話にでても上手く答えられる自信がないから、と郁は携帯の電源を落とした。






◆◇◆







「お世話になりました。なんのご恩返しも出来ずにすみません」
「まあ、決まった事は仕方ねぇ。元気でやれ」
「はい」
最後に隊長、副隊長に敬礼をして隊長室を出た。

「荷物はそれだけ?笠原さん」
残っていた物は自机に置いていた物だけだ。ダンボールに無造作に詰め込んで、異動先の寮の住所を書いた宅配便の伝票を貼り付けた。
こうしておけば後で送ってやるからと副隊長に言われていたのだ。
「はい、簡単な物です。小牧教官、今日まで本当にありがとうございました」
「・・・向こうでも頑張って。何かあったらメールして、もう上官じゃなく図書隊の一先輩、だけどね」
「はい」
きっとプライベートも気遣ってくれてるのだろう、と思ったら少し嬉しかった。

「がんばれよ。お前がいないとここも静かになるな」
手塚らしい一言を最後にくれた。こいつにこんな複雑そうな顔させたんだ、あたし。社交辞令だとしてもあたしが居ない事、残念だとかほんとに思ってくれてたらいいな。だってあたしには隊内で唯一の同期だったから。
「一緒に走って行けなくてごめん」
それ以上何も言わずに手塚はポンっと郁の背中を軽く叩いた。笑顔はくれなかったけどそれだけで思いが伝わった。

「堂上は、業務部に書類を届けに出かけて、もう戻るかなぁ」
「じゃあ途中まで出てみて外で教官を待ってみます。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げてから事務所を出た。


最後に堂上に会わないで行く訳にはいかない。子どもには父親の顔をみせられないだろうから、せめてあたしが教官の顔を心の中に焼き付けておかないと。
ゆっくりと庁舎の出て、堂上が戻るのを少しばかり待った。武蔵野の空を見るのもこれが最後かもしれない、と空を見上げながら。

「笠原」
10分ほど待ったころで堂上は戻ってきた。
「堂上教官」
今までありがとうございました、の意を込めて堂上に最後の敬礼を向けた。
堂上は視線を向ける郁を黙って見つめていたが、数歩足を進めて郁の側へと寄ると郁の体を抱き寄せた。
突然の抱擁で郁は呆然とする。
「・・・俺の側に居て欲しかった」
思いも寄らぬ堂上の一言に、郁の感情は緩んだ。今までぐっと押し殺していた何かが郁の頬を伝う涙になった。
「教官・・・お元気で」
このまま時間が止まってくれたら良いのに、の叶わない想いを込めて。




柴崎は遅番だったので、図書館に顔をだした。
「・・・あんたいったい自分が何しているか判ってるの?」
「判ってるよ、今まで本当にありがとう」
利用者の手前もあるので柴崎も本気で郁を責めようとはしない。美人が台無しだよ、って思うほど難しい顔をしていた柴崎は近くにいた業務部員に「10分で戻るから」と声を掛けてあたしの手を引き摺り図書館の玄関横まで早足で移動した。

「何があったの?」
「・・・何もないよ」
あたしは柴崎相手にこれから最大の嘘をつく。
「・・・特殊部隊でやってく自信無くしただけ。だけど同じ武蔵野で『やっぱり笠原には無理でした』て部署異動するの恥ずかしいじゃない?だから他館で降格してもらえた方が良いなって。体調がよくないのもあるんだ、悩みすぎが体に来たみたいで」
最後は冗談交じりな口調で嘘をついた。
「ちゃんとあたしには話して」
柴崎は何を嘘だと主張するのか。柴崎の強い目に負けて目を背けてしまいそうになるのをぐっとこらえる。でも特殊部隊でやっていけないのは本当だから。
「きっとがんばるのに疲れたんだと思う、あたし。だから元気になったら話しするよ」
「あたしはいつだって良いのよ?」
「わかった、ちゃんと落ち着いたら連絡するから」
「・・・ひとつだけ忘れないで。どんなときでも、あたしはあんたの味方なんだから」
「ありがとう。大好きだよ、柴崎」
軽く抱き合ってから、手を振って別れた。
柴崎にはこんなに簡単に「大好き」だと言えるのに。最後に押し殺した気持ちを思って、心の中でもう一度だけ泣いた。
さようなら、武蔵野第一図書館。
さようなら、関東図書基地。

そして稲嶺司令、本当にありがとうございました。

 

 

 

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(from 20130430)