+ Delay in Love 11 +      堂郁上官部下期間(稲嶺誘拐後あたり)  ◆激しく原作逸脱注意+オリキャラあり◆

 

 

 

 

 

 

今官舎に住んでるからよかったらうちで、と郁は二人を自室へ案内した。訓練速度でなく幾分かゆっくり歩く郁と自分達の間に半年もの月日というブランクがあることを思い知らされた気がした。元々スレンダーで小顔だった郁はお腹は大きいのに顔つきを見るとさらに痩せ細ったように見受けられた。
「笠原、少し痩せた?」
同じことを感じたのか柴崎が道すがら郁に訊いた。
「そんな訳ないよ、今体重増加中だもん」
その後、あかちゃんは順調なのか?というような当たり障りのない女同士のやり取りがぽつりぽつりと続けられるのを堂上は二人の後に続きながら黙って聞いていた。
ここへ来るまでの道中、柴崎は何一つ郁の情報らしき事は語らなかった。
『あたしも確かな事はわからないんです。だから自分の目で確かめるまでは何も言いません。だから堂上教官も自分の目で笠原を見てやって下さい』
柴崎は堂上に告げたのはその一言だけだった。

自分の想像の上を行く郁の姿にショックがなかったとは言わない。
柴崎と話をしてから、あの晩のことも含めて自分と郁との間にあったひとつひとつの事実を全て脳内で思い出していた。それは高校生だった郁との出会いから、新人訓練のこと、特殊部隊配属後のこと、稲嶺司令拉致事件のことなどの仕事のことから、飲み会で寝落ちしたあいつの温もりを自分の背中で感じたときのことなど公私すべてにおいて、笠原という女と自分はどういう関係だったのか、をずっと考えていた。

あの晩のことを思えばこんな可能性が全く無かったとは言えなかった。だが自分から逃げるように武蔵野を後にした笠原は自分を嫌い、拒絶したのかと思っていたから。
----------まあそれも今となっては言い訳にしかならないな。
堂上は自分にも冷静になる時間が欲しいと思った。

「柴崎。俺が昼飯に何か買ってくるから、先に家に行っててくれないか」
そういわれて途中で買ったケーキの箱を渡された。郁に官舎の部屋番号を聞くと、堂上はいったん来た道を戻って基地の外へと買い物に向かった。


残された郁と柴崎は官舎の階段を3階まで上がり、古い集合住宅にありがちな画一的な扉の鍵を開けた。
外は昔の団地のように古くさかったが、室内は小綺麗な様相だった。だが広い官舎に一人暮らしの郁の部屋は物も少なく寧ろ殺風景と言った方が正しかった。
お腹すいたよね、教官何買ってきてくれるのかなぁ、と郁はお湯を沸かしながらおどけて柴崎に語りかけた。
柴崎のためにお茶を煎れるのは久しぶりだなぁと、あれからたった半年しか経っていないのに柴崎と二人、同室で馬鹿を言いながら楽しく過ごしていたことがひどく昔の事のように感じた。

「・・・妊娠してた事、どうして言わなかったの?」
訊かれることを覚悟していた一言が、柴崎の口からこぼれた。
「どうしても産みたかったから、あたし」
言えば反対されるか、堂上に全てを話されるか、だと思ったから。
「一言も相談してくれないなんて・・・」
「ごめん、柴崎」

本当は柴崎に言いたかった、すごく不安ですごく相談したかった。
だけど柴崎は相談したら、必ず堂上教官だと気づいてあの人に責任をとれと迫るだろうと思ったから。
だってあの人は責任を取る、と必ず言い出す人だと解っていたから。それだけはホント死んでも避けたかったから。

柴崎は何も言わずにあたしに近づいてぎゅっと抱きしめてくれた。
「あんた、ここまで一人でずっと不安だったでしょう?初めての事なのに一人きりで・・・」
茨城でない準基地にいる段階で、親には一切告げていないのだろうと柴崎には想像がついた。郁は特殊部隊に配属になったことすら、図書隊入りに反対していた親には伝えてなかったのだから。
「稲嶺司令がいなかったら挫折してたかもしれない。司令があたしに図書隊員として子どもを産んで育てることを後押ししてくれたの」
だからここまで一人でやってこれた。

もっと責められると思ってたのに、柴崎は妊婦になって逃げ出してきたあたしを抱きしめてくれた。

不安だっただろうと労ってくれた。

その瞬間に郁の覚悟は崩壊して涙がこぼれ始めた、嗚咽こそあげなかったが。

そして、いままで一人でやってこれたのはしたためた退職願を司令にみられた事が発端だったと郁は柴崎に話し始めた。
柴崎はだまって、郁がゆっくり語る言葉を聞き入れてくれていた。


「赤ちゃんの父親は堂上教官、なんでしょう?」
核心に迫る一言が告げられた。
「違うよ、柴崎もみんなも知らない人」
こんな嘘通用するかな、なんて今更かな?
たとえば二人の知らない他の人と実は付き合っていたんだ、と言っても通じるだろうか?
「・・・信じないわよ。どっちにしろ本当の事は堂上教官に聞けばわかることでしょ」
覚えがあるかどうか。
二人の間にそんな事があったことすら、柴崎は気づいていなかったことが情けなかった。

「あの人、今きっと死ぬほど考えてるわよ。このままあんたを見捨てて帰るような人じゃないの、わかってるんでしょ?」
「でもあたし帰らないよ」
帰らないし、帰れない。
たとえ、堂上教官がこの子の父親だとばれても、あたしがここで一人で産んで育てることは変わらない。
「なんで?そんなに堂上教官と結婚したくないの?」
「うん。--------教官は女のあたしを必要としていないだろうし、あたしも子どもを楯に結婚を迫るような事したくない」
何よりも、あの人が進むべき道の足枷にはなりたくない。

そこまで柴崎に話したところでドアチャイムが鳴り、近くで見つけたベーカリーショップで買い込んサンドイッチやパン入りの袋を抱えた堂上が戻ってきた。

 

 

12へ

(from 20130508)