+ 雨 +   恋人期

 

 

 

 

「雨、止まないなぁ......」

その日は都内の図書館にて行われたとあるフォーラムの警備応援で日帰り出張勤務だった。そこは、区役所と図書館、文化ホールなどが集まる高層ビルだ。
会場の撤営後、最終見回りで室内を一巡しているとき、郁がふと横に並んだ窓の外を見つめながら呟いた。


高層ビルからの景色なら、晴れていれば遠くまで見渡せる絶景だろうに、一日中止む気配を見せない空は視界数百メートルといったところだろうか。


先の見えない、白い霧に吸い込まれるような景色の片隅に、あの日触れた冷たさを思いだした。

ずっと追いかけてきた大切な人が凍りついていくような様。

薄暗い倉庫のなかで、青白く血の気が引いていく様。

聞こえるはずもないのに、耳の奥によみがえる雨音。 

「......どうした....郁」

業務中に「郁」とよばれたことに驚き、あわてて声の方へ顔をむける。
後ろに立っていた堂上の肩越しに室内をみると、既に他の隊員は会場を出ていたらしく、二人が最後のようだ。


「いえ....なんでも...ありません」

郁はもう一度視線を窓の外へ戻した。
白い霧の中に包まれていくような、青白い堂上の顔。大雨の中で、激動するワイパーの先にあるただ黒い闇。

堂上の気配がすぐ後ろに近づいてきた。
気づくと同時に、ゆっくり背中から逞しい腕が郁の身体に回っていた。
やさしい、抱擁。

首筋に、暖かい唇の感触を感じる。やわらかく、触れる感触。だけど暖かい。

「もう....冷たくはないだろう?」
「はい.......」

ああ、この人には何もかも見透かされている....
ほんの少し触れた唇の暖かさだけで、十分だ。

つつまれた腕に自らの掌もそっと乗せた。

「帰り......手を繋いでもらってもいいですか?」
「ああ....もう業務時間外だからな」

郁はそのまま堂上の腕をほどき、掌を重ねた。堂上はその手をいつもの恋人繋ぎに握り替え、手を引きながら扉へと歩き始めた。
あの日があって、今の自分がここにいる。この手を離すことがないよう、ずっと、走っていきたい。
そう思いながら郁は繋がれた手をぎゅ、と握りしめた。

 

 


fin

 

(form 20120616 ・革命のつばさ公開記念SSS)

 

 

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