+ 茨の檻 -声- +     紫ぶんこ のぶんこさまの『茨の檻』の三次SS   上官部下期間

 

 

 

 

 

全国初の女性特殊部隊員。
それが郁の肩書きとして入隊以来ずっとついて回っていた。
そして、現在も特殊部隊の中で紅一点。

新人教育期間からずっと、郁の直属の上官は堂上だった。
人一倍厳しくもありながらも、きちんをあたしをみてくれていて、わかってくれてい
た。
そしてそんな上官をあたしは心から信頼して・・・・・気がつけば、その気持ちが愛
に変わっていた。

教官は妻帯者だ。
職務中は班員としてバディを組むことも日常だ。その時は誰よりも教官の近くに居ら
れる・・・・・奥さんよりも。
口にも顔にも出さないけど、凄く幸せな時間だ。
部下として、バディとして、きちんと職務をこなして、教官に褒められたい、それだ
けでいい・・・・・その時は本気でそう思っていた。
教官の掌があたしの頭の上にぽんぽん、と乗るときの優越感。
教官が男として、その手を伸ばしてくれることは無いとわかっていたけど....今は、
あたしだけに向けられる好きな人の掌の優しさだけで、あたしは十分幸せだと思って
いた。

だけど。
恋する女はどんどん欲深くなる。
教官と二人で出向いた二週間の研修期間。滞在中は寮生活だから、研修時に顔をあわ
せ、夜は時々飲み会が催されるときに一緒になる。
教官が奥さんの元に帰らない、という事実以外、武蔵野にいるときと大して変わらな
かった。
だが、帰路に着く予定の最終日、悪天候で飛行機が飛ばず、ホテルでもう一泊するこ
とになった。

教官は奥さんの元に帰るのが一日遅くなる。
だからといって一緒に過ごすというわけでもないのに、それが嬉しいとまで思ってし
まう女の業。
ビジネスホテルでそれぞれの部屋に入った後、教官があたしに差し入れてくれた缶酎
ハイ一本を言い訳にして、教官の部屋を訪ねる。
ほんの少しでも好きな人の時間を独り占めしたいと思ってしまったから。

こんな事をするのは、最初で最後。
お酒に弱いあたしは缶酎ハイ一本で酔える女だ。
どんな事になっても、今夜なら....お酒のせいに出来る気がする。

教官の部屋のドアの前で一度目を閉じ、愛しい人の姿を瞼に浮かべる。
そして再び目を開け、ドアをノックした。






◇◇◇






最初で最後の自己満足な告白が----------あたしと教官の始まりになるとは思いもし
なかった。

教官の結婚に纏わる真実を知り、気持ち的には堂々とお互いを愛する人だと思い合
い、愛し合った。
だが、世間的にはそうは行かない。
相も変わらず、教官は官舎に帰り、あたしは寮で過ごす。

二人で過ごせるのは、人目に触れない日中のホテルだけ。

同室の柴崎には教官のすべてを話し、理解をしてもらった。そして自分なりの情報網
をつかって、おそらくそれは事実であることを裏付けはとっていたように思う。
だからこそ、日陰の身のような付き合いをする郁を理解しつつ、辛そうに見守ってく
れていた。

「笠原・・・・・。本当にこのままでいいの?」
「・・・・・いいも何も・・・・・何も出来ないし。今のあたしには、教官があたし
のことを本当に愛してくれている、って事だけで十分だよ」
絶対に叶うことはないと思っていた恋。だが、二人の思いが通じ合った。それだけで
幸せだと、今のあたしは本気で言える。それ以上望んだら贅沢だと。
郁の言葉に、柴崎はため息をつく。
堂上の妻が動かなかったら、あんた、この先何年もこのままなのよ?
そういって聞かせたかったが、本当は今にも泣き出しそうなくらい瞳を潤ませている
郁を見ていたら、とうてい言えなかった。



堂上は週の何度かは酒を持参して小牧の部屋で就寝前の時間を過ごす。官舎には風呂
とベッドを使うために帰るようなものだ。
「そろそろお前が動かないと行けないんじゃないの?堂上」
小牧にそう言われ、黙って手にしていた缶ビールを飲み干した。気がつけば空いた缶
の方が持参した分より多く転がっている。
「・・・・・離婚届はとうに渡してある」
「それは聞いてるよ。だけど、彼女が判を押さなきゃずっとこのままだよ?」
笠原さんをどうする気なのか?
そう小牧が俺を責め立てるのはわかっている。小牧だけじゃない。特殊部隊の中で、
少なくても、今の妻との事情を知っている上官には笠原の事も含めて話をした。
みんな「お前と笠原がよければそれでいいが...」と、正直怪訝そうな顔をしたのは
事実だ。
俺は事情はどうあれ、自分で撒いた種だ。どう言われても、どう思われても仕方な
い。
だが郁は違う。
俺が良くても・・・・それを笠原がいいと言っても、やはり、このままで良い訳がな
い。このまま数ヶ月、半年過ごすのか------何年も過ぎるのか。
そして、郁を自分たちの妹や娘のようにかわいがっている隊員達からしたら、現在の
この状態はハラワタだろうと思う。


毎晩のように、どうすれば郁と陽の当たる道を歩けるかを考える。
あいつに土下座して、縋って頼めば出て行ってくれるのか。
それとも郁との子どもを作り、既成事実を突きつけて別れてもらうか。

それじゃあ、あいつが俺にしたことと大差ない。
そして、そんな方法で郁との堂々とした生活を手に入れることを、郁自身が良しと思
うかわからない。
俺と郁の間に子どもができる事はなんら問題はない。
だが世間的には郁を傷つけ、辛い思いをさせ、非道いレッテルを貼ることになる。





◇◇◇





「きょうかん・・・・・」
「なんだ」
ベッドの上で何も身につけないまま、ふたりでまどろみ話をする。
「・・・・・あたし、教官と一緒に生きたい・・・・・そして、教官と一緒なら死ん
でもいい・・・・・・」
郁は手を伸ばし俺の首に腕を絡ませて肩口に顔を預けた。
縋り付くような郁の暖かさと想いが伝わり、不覚にも涙が出そうになる。
俺は愛する女に死を選ばせるような------そんな男なのか。
「俺はお前と一緒に生きることしか選ばない」
お前を死なせたりしない、例え俺が一緒でも。
そんな生き方は、お前らしくも-------俺らしくもないからな。

「郁。俺はお前しかいらない」
俺はな、図書隊を捨てる覚悟もできているんだ、郁。
すべてを尽くしても、お前と生きる事ができなければ、俺はお前だけを連れて行く。

その覚悟を今は口にしない。

今、この瞬間に欲しいのはお前だけだ。
郁の細い顎に手を掛け軽く手繰り寄せ、その愛しくて柔らかい唇に俺のすべてをぶつ
けた。





fin

 

(from20120923)