+ 約束のゆくえ +   カミツレデート記念日SS 

 





あの日からChamomile---------カミツレは特別なものになった、郁の中で。



『苦難の中の力』
小さな花とそれに秘められた言葉が、どれだけ郁の心に勇気を与えただろうか?

秘められた言葉。
秘めた想い。

堂上への恋心を自覚してしまったから、気を抜けば上官を見る目が女の目になってしまう。
そして心のずっとずっと奥で独り言の様に繰り返し語る。

あの時、あなたが助けてくれたから、今の私があります。
本を守りたい、本を自由に読む権利を守りたい。
そんな気持ちを与えてくれたのも、堂上教官で。

綺麗事だけで図書隊は成り立ってはいないけど、それでもあの小さな白と黄色の花の様に小さな力を一つ一つ、繋ぎ合わせて自由を守っている、と思う。
そのために自らの手を血に染めても。
それを教えてくれようとしていた、仏頂面な鬼教官も、大きな手のひらで褒めていくれる班長も、そして最後に手を差し伸べてくれる堂上教官も----------好き。

小さく『好き』、と口に出した瞬間、泣きそうになる。
自分に求められているのは、女子特殊部隊隊員としての笠原郁だ。乙女心で一杯になっているなんて、似合わない事は自分が一番よく知っている。


「アホか貴様!入隊して何年経ったらそんな凡ミスが無くなるんだ!?」
「す、すみませんっ」
拳骨をもらってこんなやり取りをするのは以前と変わらない。それでも新人の頃と違うのは、上官の言葉の中に秘められた命への想いが込められていると解っているから。
なのに、また怒られたと気持ちが凹む、また困らせたと自分を責める。

仕事にはいつも厳しい人だと、その背中が物語る。
そんな背中ですら、時折格好いい、と思ってしまう乙女心。
似合わないのに!どうしてそんな事思うんだろう、願うんだろう------------もし想いが通じたら、なんて。




◆◆◆




「お茶探しとけよ」

確かに尊敬する上官は、そうあたしに告げた。今どきハーブティを手にいれるのは難しくない。専門店に行かなくても、スーパーマーケットにだって置いてある。
それでもカミツレのお茶を飲める店へ案内しろと言う。

ドキン、と心臓が跳ねる。
堂上が、それをどんなつもりで郁に頼むのか?

それはまるで---------『カミツレ』は二人だけの、小さな秘密のようで。
恋する心が、嬉しい、と郁の頬を染める。
二人だけの、二人だけの、秘め事。

同時にその日が来てしまったら----------「案内しろ」と告げられたMissionは完了する。そして、カミツレに秘めた約束は幕を閉じるのだ。



----------いやだ!
指定された日まで、指折り数えたこともあったのに。
堂上と待ち合わせして出かけるんだと思うとドキドキして----------眠れない位、頭が一杯になってしまった事すらあったのに。
楽しみだったはずのその日が、近づけば近づくほど、泣きたくなった。

恋心なんて持たなければよかった、知らなければよかった。




「できました」
お約束通り、班で最後に日報を提出する。
「随分時間かかったな」
その日の館内警備は1日穏やかすぎて、何を書くべきか考え込んでしまったのだ。

よし、と用紙に目を通した堂上が呟く。
「・・・・・・明日、寝坊するなよ」
「わわわかって、ますっ」
わざと強気に答えたものの、郁は『ああとうとう、明日で終わりなんだ』と思うと泣きそうになるのをグッと堪えた。
本当に明日が楽しみだった、だけど明日で終わってしまう・・・、堂上と二人だけの秘密の約束。
その様子が気になったのか、堂上が郁の手首を掴んで話しかける。
「笠原」
「・・・・・・・」
自分のデスクから傍に立つ郁を見上げるその目は、憂いを称えて。何がどうなって、そんな顔をしているんだ、と無言で訴えていた。
「なんで浮かない顔してる?」
「してません」
「嘘だ」

本気で郁の心を見透かそうとするような漆黒の瞳から思わず目を逸らした。
-----------今泣いたらダメ。

「た、楽しみにしすぎて・・・寝不足なんです」
「違う」
「違いませんっ」
その場を逃れようと身体を動かすが、掴まれた手は離されることなく堂上が立ち上がった。

「じゃあ何故そんな顔してる?・・・明日、やめる、か?」
「いやっ」
そうじゃないです!

「----------明日で、楽しみにしていた事が、終わるから」
そう答えてぎゅっと目を瞑って俯いた。泣きそうな顔を見られたくない、堂上を困らせたくない、だって楽しみに、ずっと楽しみにしていたのは本当の事だから。
「もし、楽しいって思えたら、次の約束をする、っていう選択肢はお前にはないのか?」
「・・・・・・教官には、ありますか?」
「ああ、俺はきっと次は何処へ行きたい?って聞く」

まだ、カミツレのお茶も飲みに行ってないのに?

「どうして解るんですか?」
「・・・・・・お前と居ると、楽しいからだ」
急にふて腐れたような顔をして、郁からわずかに視線を逸らす。楽しい、って、え?あ?
「って、明日出かければ解るから、今言わすな、莫迦」

もう片方の手で手にした書類ファイルでコツンと頭を軽く叩かれた。
「明日、楽しみにしてるからもう帰れ、俺もこれ出したら上がる」
ふっと緩んだ堂上の表情は優しく笑みを湛えていて。そんなレアな表情が、抑えていたはず乙女心を引き出す。

「わかりましたっ、あした、よろしくお願いしますっ!」
恋心がばれぬよう、上官に敬礼を決めて誤魔化す。
「お疲れ、明日な」


明日、心臓をえぐり取られないようにしないと、あたしいろいろ持たないかもしれない--------!!!郁は、洋服のチョイス以上の難問を手にしてしまった。

 

 




fin


(from 20140115)