+ 祈願 +      郁ちゃん査問&昇進試験後の2年目のお正月 (SS「あけおめ」の翌日という設定)

 

 

 

 

あーぁ、この後どうしようかなぁ。

正月休み二日目。正直、帰省しないのに正月の三が日に休みをもらってもあまりうれしくない。
普段は不規則な休みで、世の中の人の休日とはかみ合わないことが殆どだから、本当なら学生時代の友人とかに会えたら良かったんだけど、残念ながら郁の親しい友人達は帰省中か海外旅行かでみんな東京にはいなかった。

仕方ないから、ここぞとばかりに図書館で読みたかった本を借りておいたし、DVDレンタルもしてきた。
だが、どちらも大方見終わってしまったのもあるけど、本読みとかDVD観賞っていう行為に飽きてしまってどうにも時間のつぶしようがない。
昨日は天気も良かったので、小一時間位は体慣らしでグランドを走ったりもしたのだが、今日はずいぶん強風で砂埃もすごそうなので諦めた。

明日はバーゲンでも覗こうかなぁ、と思っているけど、ほぼ専属ファッションアドバイザーな柴崎がいないと、安物買いの銭失いをしそうなので迷っている所だ。
いやいや、それより今日この後どうするよ?!
そういえば愛用のハンドクリームを使い切っちゃったんだよなぁ。商店街はまだ休みだとおもうけど、ドラックストアとかは開いてるかも?
どうせなら良い香りのするのが欲しいからコンビニのは嫌なんだよねぇ。

ハンドクリームの為だけに出かけるのもなんだけど、無いの困る。
そういえば駅の向こうには大きな神社があったなぁ、と正月らしく初詣に行って、その帰りに買い物してくるかな、時間たっぷりあるんだしと決心して、郁はようやく暖かいこたつに張り付いてた重たい腰をあげた。




◆◇◆




「寒っ」
思わず寮の玄関先で声をあげてしまった。気温はそれほどでもないけど、午前中と変わらず風が強い。
マフラーをきちんと巻いて、手袋をはめ・・・あ、忘れてきた。ブーツもきっちり履いてしまったし、ポケットに手をつっこんでいけばいいかな、とそのまま基地の外へ向かって歩き始めた

寝正月もいいけど、やっぱりこうして一日一度は日の光を浴びないとだめだなぁ、って思う。
寒いけどキュっと気が引き締まる。そして日差しを浴びると、生きてるなぁって思える。ぶらり初詣散歩だと思えば、たいした距離でもないし良い気分転換にもなりそうだ。
柴崎も手塚も、親が長く居て欲しいっていうから、ギリギリに戻るって言ってたから明日の夕飯も一人かなぁ?などと考えながら、静かな街並みの中を駅方面へ歩いた。
図書館も図書基地も静寂に包まれていたが、街中もそうだなぁと、いつもと同じ通り道にいつもと違う空気を感じながら歩いた。


商店街を抜けるときに、ドラックストアとファーストフードだけは営業しているのを確認しながら駅むこうへ抜けるために駅の階段を上る。
小牧教官も毬江ちゃんとゆっくりできる貴重な時間だろうから、帰寮はギリギリなんだろうな、と想像がつくけど、堂上教官はいつ戻ってくるんだろう?とふと気になった。
昨日はメールで『あけましておめでとうございます』と挨拶を交わした。
お世話になっている上官に早く挨拶したかった、という大義名分を自分に科して送ったメールに返信もらえたのはすごくうれしかった。
一緒の時間に見たかもしれないご来光に向かって願ったのは『教官に認められるような隊員になれますように』だ。願わくば、ずっとその隣に居られたら、と思ったけどそれはまだまだおこがましい。

神社にいったら神様にもお願いしよう。

そんな風に考えながらぼんやりと駅のコンコースを歩いていたら聞き慣れた声色で名前を呼ばれた。
「笠原」
立ち止まって声を方へ顔を向けると、小さな鞄をもった堂上がこちらへ向かってきていた。
きょ、きょうかん?!
「あ、あけましてっおめでとうございますっ!」
とっさにきちんと体を向け足をそろえて綺麗な敬礼を決めて見せた。

「ば、馬鹿っ、敬礼するな!」
拳骨だけは免れたが、掌が少々力強く郁の頭にどんっと置かれた。そのまま頭をくしゃっとされた。
「ああ、あけましておめでとう、でかけるのか?」
おそるおそる声の主の方へ目線をあげると、予想外の笑顔でこちらを向いていた。
「え、あ、暇なので初詣に行こうかと・・・、って教官ご実家じゃなかったんですか?!」
「今夜から母も夜勤なんだ。近いし2泊もすれば十分だからな、じゃあ行くぞ」
と言われ、郁の向かおうとしていた方向に堂上も歩き出した。
「行くって、どこへですか?!」
「初詣だろう?俺も一つ願い事し忘れてたから」
はいぃ?
「うっかりがたっぷりの部下の失敗が少なくなりますように、ってな」
「ちょ!?」
すたすたと先へ歩いていってしまった堂上の後を慌てて小走りで追った。
堂上教官、何してるのかなぁ、とは思ったけど!ちょっとくらいあえたらいいな、っていう下心も数パーセント位はあったけど!
期待するだけ無駄だし、そんな事はよもやこんなタイミングで起こると思わなかったから、予想外の展開に戸惑う。

追いついたところで堂上が振り返った、と思ったらいきなり手を掴まれた。
え?!ああっ?
「・・・お前なんで手袋してないんだ、氷みたいだぞ」
「あ、取りに戻るのが面倒でつい・・・」
掴まれた手は、そのまま堂上のコートのポケットへと一緒につっこまれた。
「!!」
もう声も出ないくらいの衝撃だった。
「体温戻るまで場所貸してやるから」
「え、遠慮しますっ、高そうですもんっ!」
「屋台のたこ焼きでいい」
い、いや、そういう問題じゃなくてですね!
と掴みかかりたい位の恥ずかしさだったが、いかんせん駅のコンコースでは目立ち過ぎる・・・それに基地関係者に見られたらどうずるんですか?!と言いたかったのだが、手をポケットに入れられたまま、堂上が訓練速度で歩き始めたので近寄らずについて行くのが必死で結局抗議もままならなかった。


階段を足早に連なって降りてロータリーを過ぎたところの信号待ちでようやく止まった。
堂上は横断歩道の信号が青に変わってからは、訓練速度ではなく普通に歩き始めた。
「・・・駅前でぎゃんぎゃん騒がれたら堪らんからな」
小声でつぶやいたので、郁にはよく聞こえなかった。
「え、なんですか、教官?」
「いや、妙齢の女が一人で初詣、って侘びしすぎるとおもっただけだ」
「余計なお世話ですっ。お一人様ぐらいなんてこと無いですよ!むしろこれからますます慣れなきゃならないし!」
地元では結婚している友達だっている。そんな年齢だというのに、自分は彼氏居ない歴24年だ。むしろ本気でお一人様慣れしなきゃ、と思っているところだから!
と心の中では叫ぶが、それ以上は口に出さなかった。
それより、この手!
自分の、じゃなくて人のポケットに手を突っ込まれるというのは、つまりその、引っ張られているようなもので、普段隣に並んで歩くときより全然距離が近いのだ!
いやっ、こんな間近だなんて、手、どころか頭からつま先まで沸騰しそうだ。この状況を何とかして欲しい!




◆◇◆




樹齢何百年とかいいそうな、立派な樹木に囲まれた神社は思ったよりも駅から近かった。
二日目でもまだ参拝待ちの行列ができていたので、二人ですんなりと前の人に続いて並んだ。
手はそのまま、堂上のポケットの中のままで・・・落ち着かなくてついキョロキョロとあたりを見回してしまう。
今は訓練速度で歩いている訳でもないのに、ドキドキと心臓の鼓動が速いままだ。
「はやる気持ちはわかるがたこ焼きは参拝の後な」
「あ、当たり前ですっ、人をなんだと思ってるんですかっ」
我慢できないお子様扱いみたいにされてちょっと膨れてみる。その様子をみて堂上はクスりと笑った。
「お前と一緒にいると飽きなくていい」
「それ褒め言葉ですよねっ?」
「そうだな、正月は退屈だからそう思っとけ」
アホか、調子に乗るな!といつも通り一喝されると思っていたのに、肯定されてしまってますます戸惑う。
なんか、教官じゃ無いみたいだ・・・。



教官、今日こうして一緒に初詣に来てるの、ってプライベート、ですよね?
それともこれも出来の悪い部下のフォローなんですか?

そんな気持ちが行ったり来たりする。
淋しい正月を過ごしている部下を見かねて、ですよね?それって、同情されてるってことなのかな?

堂上が一緒に行くと言ってくれたことが、例え部下への哀れみだとしても。
こんな風に手を取られて、それにきゅん、としてしまう一端の乙女心が自分でも情けなく思う。そんな女の子みたいなの、あたしには似合わないのに!
握られたままの手から、自分の心臓の鼓動が堂上に伝わってしまいそうで、それも怖い。
静まれ、あたしの心臓!

「け、結構人がいるんですね」
何か世間話を、とようやく郁は言葉を紡ぎ出した。
「そうだな、図書大の頃からずっと住んでたのに、ここへ来たのは初めてだ」
そうなんだ。二年目の郁もここは初めて来た。
「お前昼は食べたのか?」
「いえ、お参りしてから何かつまもうと思ってましたけど・・・結構並んで時間掛かりそうですね」
すんなりとお参りが終わるともくろんでいたけどこれじゃあたぶん40分から小一時間はかかりそうだ。
「大丈夫です、終わってからの楽しみになんですから、たこ焼き!」
「ああ、何人分でも買ってやるから」
「あたしがおごる話しでしたよね?!」
「お前の予算じゃ何人分も買う予定にはなってないだろう?」
う、今日の教官は何か饒舌だ。結局、長い列の中に並びながらもポケットにつっこまれたままの手は、お参りするまで解放される事はなかった。




◆◇◆




境内の端で甘酒とお守りをいただき、お待ちかねの屋台のたこ焼きを堪能した。
3パックか?と言われたが「そんなに食べません!」と返してそれぞれ1パックずつ食べる事に収まった。
小腹を充たして、どちらともなく神社でると、帰りはこっちから行くか、と言われて駅のコンコースを抜けていかずに、駅より少し先にある踏切を渡るために静かな住宅街を抜ける方向へ向かった。
駅前の信号待ちが多いところを過ぎたとき、郁の手はまた堂上に掴まれてポケットにつっこまれた。また何で?と抗議の目を向けようとしたら、先まわりで
「また冷えてるぞ」
と言われてしまったので、郁は黙ってそのまま隣を歩いた。静かな住宅地にこの距離の近さ。あたしの心臓の音は間違いなく教官に聞こえているに違いない、ともう恥ずかしさでいっぱいだ。

「親御さんに新年の挨拶ぐらいはしたのか?」
帰省しないのか?と年末に聞かれたので、ハイまだ...と答えていた。それを気にしてくれてたんだ、教官・・・。
「はい、元旦に電話ですが」
「そうか、ちゃんと連絡しているならいいんだ」
一年ほど前に両親が来館したときにいろいろ手助けをしてもらったとはいえ、部下の親の事まで気にしててくれた、と知ってちょっと嬉しかった。そんな堂上を自分にはもったいない位いい上官だと思う。ずうっと、なんて事はたぶんあり得ないけど、出来る限りこの人について行きたい、と思う。ずっと頼もしい背中を追いかけさせて欲しいと。実は初詣で神様にお願いしてきたのだ。

追いかけたい、追いつきたい。
部下として、でいいからずっと側に--------並んで歩けたら。時々顔を出す乙女心は閉じこめても良い、いや、たぶんそうしないと、部下ではいられないと思うから。


『そんな事言って、あんた堂上教官に彼女ができて結婚しちゃったらどうするの?それでいいの?』

二人忘年会だー、って柴崎が帰省する前日に缶酎ハイを買って飲み語った時の事だ。柴崎に言われた一言にドキリとした。確かに、部下としてずっと側にいたとしても、あくまでも業務上としてだ。堂上教官に彼女ができたら、そして結婚したら--------当然部下よりも愛する人を、家族を大事にするだろう。そんな姿を側で見ることができるだろうか。

手を握られながら、柴崎の言葉を思い出していた。こんな事、ただの部下にしてくれるのかな?
それとも、ただ心配かけているだけ?寧ろ本当は迷惑だとか?!
正月の住宅街は静かすぎて、Aカップな胸のドキドキが堂上に聞こえてしまうではないか?と思うと平常思考ではいられない。いろいろ心配しはじめたら落ち込む方向にしか行かないのだから。

「教官」
もしかすると、そのときのあたしは神社で飲んだ甘酒にでも酔って思考までとっちらかっていたのかもしれない。まさかそんな事を口にするとは。

「教官は結婚しないんですか?」




◆◇◆

 




その一言を口に出してから郁はしまった、と後悔した。きっと「貴様にそんなこと心配される筋合いはない!」ぐらいの返しと拳骨が飛んでくると覚悟した。
だが意外にもそういう展開には成らず、堂上は眉間に皺を寄せて押し黙ってしまった。
「え、あ、余計なお世話、ですよねっ、すみません!」
「いや、そうじゃない」
そう答えてから堂上は繋いでいた郁の手を自分のポケットから出して解放した。
「勝手に暖めて悪かったな。お前にも、お前の好きな奴にも」
「そんなこと!」
すぐに否定したものの、郁にはその先を紡げなかった。

追いかけていたのは王子様だった、そして同時に堂上教官の背中も追いたくなった。だけど二つの背中が一つだと知って・・・
重なった背中を追いかけて、果たして追いつく事があるのか、この人は追いついてもいいと言ってくれるのか今の郁には判らない。
部下としてだって危うい自分の立ち位置で、そんな事叶うはずもないと思ってきたから。

だから、手袋せずに出かけてしまった自分のうっかりにちょっぴり微笑んだ。恥ずかしいけど、嬉しいなって。
堂上教官に恋人がいるという話は聞いたことがないけど。鬼教官でも結婚っていうか、恋愛とかって、どうなのかな、ってちょっと聞いてみたかった。
--------要するに、あたしの乙女心がちょぴっと顔を出しても、教官は嫌な顔とかしないかな?って。そんな事が知りたいと思っただけだ。

「・・・いえ、寧ろ教官が好きな人に申し訳なかったです・・・ありがとうございましたっ」
所在なげになってしまった離された手を潔く頭まで持って行き、敬礼した。そうだ、これがあたしらしいじゃん。
「そんな奴いるか」
堂上は小声だったが静寂な住宅街では十分郁の耳に届いた。
「じゃあ教官の事が好きな人に悪い?」
「お前は俺が嫌いなのか?」
「そ、そんなことありません!」
っていうかあり得ません、っていうか。
「じゃあ気を回すことないな」
そういって乱暴にまた郁の手を取って自分のポケットへ押し込んで、また歩き出す。郁とは反対の方向へ顔を向けてゆっくりだった足取りは少し早歩きになった。
ちらりとその表情を伺うと、少し赤くなっている?ような気がした。
教官、もしかして照れてる?!
そう気づいてしまったら返って郁の方も恥ずかしくなって押し黙ってしまった。

いや、もう、教官がどう思っているかとか、何考えているかとか、っていいから!だからこのままでいい。だって好きな人にこんな風に手をとってもらったのなんて初めてだから。

これ以上考えたら沸騰しそう!と郁は体中の体温が上がりそうなのを抑える方に必死になった。




◆◇◆




そのまま二人で歩きつづけて図書基地の通用口が見えてきたとき、郁は悩んだ。
こ、この手はええと、いつまで教官のポケットの中にいるべきなの?!と。
その時あることに気づき、郁はあっ!と小さな声を上げた。
「どうした?」
すかさず堂上が訊いた。
「え、あのハンドクリームを」
帰りに買おうと思っていて忘れてました、と告白した。
「コンビニでいいのか?」
いや、コンビニでは良い香りのするハンドクリームは売ってない。でもコンビニにでも行かないと--------
「はい・・・寄ってもいいですか?」

まさか基地まで手を繋がれたまま戻る訳にはいかないだろう。
コンビニに寄れば、それも自然と離れられるだろうと思った、堂上に気まずい思いもさせず気を使わせることもなく。

だがハンドクリームの棚まで来たものの、どうしても妥協して普通の物を買う気持ちになれなかった。最近香り付きのハンドクリームがマイブームなのだ。
戦闘職種だから香水つけたりすることもない。だけど流行のアロマ系香りがするハンドクリームなら、少しだけおしゃれ気分も味わえて、その香りで癒されたりもするから。
今の郁にはそれくらいしか女の子らしさを演出する手段がない。
「どうした、好きなのがないのか?」
棚の前で呆然としていた郁の様子をみて、買い物かごにビールを数缶入れていた堂上が訊いた。
「そういえばお前はいい匂いのするハンドクリームを使ってたな」
「いや、別に適当に決めます!適当に!」
そう否定したが、堂上はどうやら聞いてないようだった。

「・・・明日、予定が無いなら買いに行くか?」
それは郁の脳内にビックリマークが10個ぐらい飛び出そうな一言だった。今、買いに行くとおっしゃったのはハンドクリームですよね?!そ、それって、上官と公休に一緒に買いに行く物ですか!?
よ、予定は無いですけど!
「教官!は、はんどくりーむ、ですよ?」
「予定があるなら、今から駅前に戻っても良いが」
「いえっ、冬のバーゲンも柴崎戻ってきてからの予定ですし、明日は何もありません!」
「吉祥寺の書店に行くつもりなだけだから、その時でよければ、だがな」
書店に行くのは当然好きだから、それは問題ない。いやでも-----------
「はいっ、ご、ご一緒させていただきます!」
店の中なので敬礼こそしなかったが、そんな勢いで郁は返事をした。明日も堂上教官と一緒、なんだ・・・。




「じゃあ、まだ正月休みだから、少しは良い気分になっておけ」
そう言われて、別れ際に渡されたのは、一本の缶チューハイ。果汁タップリで郁が気に入っている奴だ。
「明日は寝坊してもいいからな」
人気のない寮のロビーから堂上は男子寮の入り口へと向かうときに、軽く手を挙げた。
呆然としていた郁は渡された缶チューハイを左手へ持ち替えてから、
「教官、今日はあ、ありがとうございました!」
「ああ、ゆっくり飲んで休め」
「ハイ!」

堂上の後ろ姿を見送りながら、言えなかった「明日もよろしくお願いしますっ」をそっと胸の中で呟いた。





fin

(from 20130111)

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