+ 甘く危険な香り +   恋人期(ムツゴロウ後)

 

 

 

 

その日の夕方、特殊部隊の事務室は男所帯とは思えない良い香りで溢れていた。
日頃郁の事をかわいがってくれている熟年夫婦の図書館利用者が、カモミールの花を乾燥させてあるものをたくさん持ってきてくれたんだと言う。


せっかくだから匂い袋にしようと思うんです。

大好きな香りに包まれているせいか、郁の頬がいつもより高揚しているようだ。
「予算なんてないですから、お茶パックにリボンをかけるだけの簡単なものですけど」
明日の読み聞かせ当番のあとに、子ども達にプレゼントしようと思うんです。
そういう郁の顔は、本当に嬉しそうな微笑みで一杯だった。


「終わりました、教官」
「そうか、手伝ってやれなくてすまんな」
「いいんです、あたしが勝手にしたことですから」
それよりお待たせしてしまってすみません。
1人事務所で居残る郁のために、仕事を片付けながら堂上が待っててくれたことは解っていた。


「夕飯、外行くぞ」
「はい。がんばった部下にご褒美くださいね」
思わぬ夕飯デートだ、嬉しくてにやけ顔になっているに違いない。


二人連れだって扉に向かい、郁が最後に照明を消そうとスイッチに手を伸ばしたとき、その腕を捕まれた。
そのまま引き寄せられ、ドアの前で唇が重なった。

「んっ.....」
「がんばった彼女にご褒美だ」
「こ、ここ、事務室...」
「そうだな」
堂上の掌が郁のやわらかい頭にポンっと乗り、そのまま髪をやさしく撫で上げた。


「......いい匂いがする....」

悪戯心でキスを仕掛けたのに自らが罠に嵌ったか。

「きっと、カミツレの移り香ですね」

そうじゃない、お前の匂いだ、郁。

撫で上げていた掌を後頭部へずらして引き寄せて、再び甘い唇を啄む。
呼吸と共に甘い香りが堂上の鼻腔と脳内を刺激する。
重ねた口を薄く開き、舌を滑り込ませて咥内をなぞる。
合わせた唇から、郁の吐息が漏れた。

「.....ふ....きょ..ん.....ごは...ん」
「.....ああ」

堂上はようやく郁の唇を解放した。
だが、その匂いから離れがたくて、そのまま郁の頭を自分の肩に乗せた。

「.....飯の後は、お前の香りをもっと堪能したい」

郁をその指先まで痺れさせる低い声が耳元で響いた後、そのまま耳朶を甘噛みされた。
身体から力が抜けそうになり堂上の上着にぎゅっとしがみつく。

「.....あ、あたしも....き、きょうかんの匂いに、包まれたい...です」
郁は真っ赤になって呟いた。

ああクソっ。

「帰寮しないでこのまま出るぞ」
服を着替えに行く時間すら惜しい。
早く.....早くこの甘く馨しいお前の匂い酔いしれたい。


「ええっ?」
郁が堂上の肩から頭を上げ、少々怪訝そうな顔でこちらを見つめる。
せっかくの夕飯デートなのに...とでも言いたそうに。
これで夕飯を店先で食べる時間も惜しいなんていったら、相当ふくれっ面になりそうだ。
堂上は小さく苦笑し、郁の腰を引き寄せて足早に事務室を後にした。




「教官、ご飯は?」
「いつもの定食屋な」
「が、外泊届けは?」
「電話でいい」


「そ、そんなにカミツレの香りが気に入っちゃったんですか?」

明日、小分けにした匂い袋を、読み聞かせ会終了時に手みやげで参加者に渡そうと思っていた。
もしかして、教官、匂い袋をもらった子どものママ達がカミツレの香りに包まれちゃったら、クラっとしちゃうのかな?

「そんな訳あるか、馬鹿」
だだ漏れの斜め上思考の郁に、いつもの拳骨が飛んできた。


「何に酔ってるか、ちゃんと教えてやるから覚悟しておけよ」
基地を出てから目的地まで、二人が訓練速度なのは変わらなかった。

 



fin

 

(from 20120615)

 

 

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