「カミツレのお茶、探しておけよ」

そこから始まった二人のカミツレデート。



 + 初めての恋・最後の恋 +    カミツレデート時期(ねつ造注意)




ランチのハーブ料理を食べ終え、本題のカモミールティとケーキをつつく。
食事なら今まででも一緒にしたことがある。
だが、お茶となると急にデート感でいっぱいになる。

「なあ、笠原」
「はい」
「今日、どうして俺とここへ来た?」
「はい?」
どうして、ってそれは.....
教官がお茶を探しておけ、って言ったから......
そう言えたらよかったのだろうか?
探せ、と言われたのは事実だ。連れて行ってくれと言われて、実はすぐに検索したりお店を下見に行ったりした。
堂上から、まるでデートの命令のような誘いを受けたのが実はすごく嬉しかったといったら問題だろうか?

県展警備の時に認めた堂上への気持ちは大きく膨らんで.....
でもそんな想いをぶつけられるような立場ではない、ってわかっていた。
学生時代はいくつも告白しては玉砕の恋をしてきた。想っていても想われないこともあるのは普通の事なんだと、その時はその時なりに必死であきらめてきた。

今は玉砕しました、はいそうですね、とあきらめるだけでは終われない状況だ。
あたしが想いを寄せる人は、班長で直属の上官だ。
玉砕は仕方ないとしても、そのまま何もなかったように部下としてだけ過ごすのは、不可能に近いほど難しいとわかっていた。
もし堂上に玉砕するなら、きっとあたしはここを去らなくてはならない。図書隊をやめるまでは行かなくても、せめて異動願いか班の再編成ぐらいはお願いしていかなくてはならない。そう思うとずっと一歩が踏み出せなかった。寧ろ、教官とはこのままがいいのかもしれない、とまで思うようになっていた。




どうして?と聞く堂上はいつもと違う表情を見せた。
強い瞳で郁を見つめながらも、奥に潜む表情はどこか優しい。
『教官にカミツレのお茶とハーブ料理をお勧めしたかったからです』
そう言うのは簡単だ。だが堂上は尋ねるとの態度はそんなことを郁から訊きたいわけじゃない、直感でそう思った。

「.....教官とカミツレのお茶を一緒に飲むのを楽しみにしてたからです」
「カミツレのお茶を楽しみしてたのか?それとも俺を出かけることを楽しみにしてくれたのか?」
その答えだってわかってる。郁がカミツレはお茶として飲むこともできる、と堂上に教えたのだ。
純粋にお茶が飲みたいだけなら、それまでも1人で来ていたし、来れたのだから。
「.....教官と出かけることが楽しみでした.....」
堂上の問いの一つ一つに降参させられる。
「俺が『次の公休もこうしたい』っていったらどうする?」
「.....またハーブティのお店を探せ、ていうことですか?」
「そんな訳あるか、バカ」

--------------こうしてお前とずっと一緒に過ごしたい、昼も夜も。

「--------?!」
突然の堂上の言葉に郁は声も出ず、ただ口をぱくぱくしていた....
そんな郁の様子をみて、業務では見ることのできない柔らかな微笑みを浮かべていた。
すうっと堂上の手が伸びて、郁の左頬に触れた。
郁の顔を自分の方へ寄せるようにわずかに引いた。そしてその耳にきちんと届くように----------

「好きだ、郁。ずっと俺の隣にいろ」

はっきりと、郁が斜め右上な思考をすることにないように、堂上はきっぱりと言った。
堂上の告白を聞いて、郁の瞳が大きく揺れた。
「う....うれしぃ...で...す」
堂上教官が好き、と想いを秘めている郁にとっては初めて好きな人と想いが通じた、そんな瞬間だった。
そして、しばしの沈黙のあと、郁の口から紡ぎ出された言葉は----------

「そ、それって、結婚するってことですか?」







◇◇◇







カフェレストランを出て、堂上に手を引かれたまま電車に乗った。
「ど、どこまで行くんですか?」
好きな人に手を繋がれてドキドキしながらもおそるおそる尋ねる。
「三鷹だな」
基地の最寄り駅ではなかった。
駅を出てロータリーの目の前にあった看板の前に立ち、それをしばし眺めた後、二人は路線バスに揺られた。
手は繋がれたままだが、堂上はずっと無言だった。
それが郁を不安にさせた。


堂上に好きだと言われた。
それが郁にとってどんなに驚いたことか、そしてどんなに嬉しかったことか。
だけど、突然すぎてどう言うべきなのかとっさに出てこなかった。

堂上が伝えてきたいくつかの言葉を組み合わせて考えた末に、郁の口から出た言葉は------それだったのだ。


10分ほどバスに揺られて降りた先は市役所だった。
まさか...?


庁舎の入り口へ向かう人の波と一緒に堂上に手を引かれて郁も中へ入る。
相変わらず堂上は黙ったままで、郁は少し不安になる。斜め後ろからそうっと堂上の表情を伺うと同時に堂上は振り向いて目が合った。
ずっと無言だったので、何かに怒っているのかと思ったのだが、向けられた視線を表情は柔らかく、ほんの少しだが嬉しそうに笑っていた。
「もう少し、付き合ってくれるか?」
郁は正直その本意はわからなかったのだが、コクリと頷いた。
堂上はまた視線を進行方向へ戻して、とある窓口の前で止まった。

そこで何かを告げて用紙を受け取った。職員に礼を言うと、そのまま後ろにあった記入カウンターまで戻った。
台に置かれた用紙に書かれた文字は「婚姻届」。
堂上はそこで初めて郁の手を離し、用紙の端を押さえながら、ゆっくりと自分の欄を埋めていった。
郁は目を大きく見開いたまま、その様子をじっと見ていた。というか、まさか、と思いながらも...堂上のその行動にただ驚くばかりだった。
脳内はちょっとした小パニックなのだが、いったい、何を問いただせばいいのかがわからない。

「郁も書くか?」
カフェでの告白の時と、今と。再び堂上に名前で呼ばれて心臓が飛び跳ねた。叫び出さなかったことを褒めて欲しいくらいだ。
そう言いながら、見たこともないような極上の微笑みを向けられて、飛び跳ねた心臓はさらに激しく鼓動し始め、また体内温度上昇する。
今日はびっくりしたり逆上せたりで、いったいこの人はあたしをどうしたいのか?とパニックに拍車がかかった。
そんな様子からくみ取ってくれたらしく、何も言わずに、あたしの大好きな掌が頭の上でぽんぽん、と跳ねた。
「外で話そう」
堂上はそう言うと、書類を丁寧に折りたたみ、台に置かれていた封筒に入れた。
再び手を引かれて、庁舎の外の噴水側まで連れて行かれた。



そばにあったベンチに座るよう促され、庁舎の自販機で購入した缶コーヒーとミルクティをそれぞれ開けた。
一口ずつすすったあと、堂上が沈黙を破った。

「俺はお前が入隊してから、職場ではずっと側にいた。これからもできる限り、そうしたいと思っている。そしてこれからはプライベートでもお前の側にいたい。それも、ずっとだ」
堂上は膝に置かれた郁の手に自分の手を重ねて、郁の褐色の瞳を強く見つめた。どんな事があっても逸らすことは無い、強い瞳で。
「一生だ。俺の人生にお前がいないことは考えられない。だからお前とはいつ結婚してもいい」
ずっと、という言葉を堂上は言い換えた。そして、先ほど自分の欄を記入した用紙が入った封筒を手にした。
「これは、俺の言葉に対する証だ。お前が書く気になるまで預ける」
そういって郁の手にゆっくりと渡した。郁は視線を落としてじっとその封筒を見つめた。

カフェで堂上に好きだと言われて...郁の口から出た言葉は「嬉しい」と「結婚?」の二言だった。
嬉しいと言うことは、郁も堂上が好きだと認めたことになる。
ただ、もう一つの言葉が飛び出した事には、郁自身もビックリした。
だ、だって、教官が--------昼も夜も、一緒に、なんていうから!

封筒をしばらく見つめたあと、再び顔を上げて堂上の顔を見た。
その瞳は変わることなく郁の顔をまっすぐ見ている。真剣な眼差しだった。
自分が好きな人から好きだと言われることは初めてだ。そして、それは一生だという。
郁は一度ゆっくりと目を閉じ、自分の心を少しの間見つめた。しばし間をおいて、ふたたび堂上の瞳を視線を合わせた。

「あたしも....堂上教官がいない人生は考えられません」
郁は、きっぱりとその答えを告げた。
眼差しを向けていたその人は、柔らかい表情と眼差しに変えてから、郁の体を引きよせて--------抱きしめた。

「婚姻届、出していくか?」
「えっ?!」
抱きしめられた耳元で、やさしく言われて驚いた。
いや、たしかに教官のいない人生は考えられない、という言葉に偽りはないけど、本当に今すぐ結婚するの?!
驚きですこし堂上から離れて顔をみた。
「冗談だ」
立会人のサインも必要だし、親にも報告しない訳にはいかないだろう?
そう囁いてクスリと笑った。
「もう!からかったんですか?」
「そんな訳無い。なんなら帰寮してすぐに小牧と柴崎にサインしてもらうか?」
二人ともそれを頼んでも意外と驚かないかもしれないぞ?

「な、なんで...!?」
そんなことに言い切れるんですか!と言いたかったのだが、とにかくドキドキの連続で言葉が続かない。
「あいつらに言わせると二人ともバレバレらしいからな」
な!あたしはともかく、教官もバレバレって!?思わずまた、目が白黒してしまう。

「.......それはお前がそうしたいと思ったときに出せばいい。今日からは遠慮しない、お前は俺の物だから--------」
顎に手を添えられて堂上の顔が近づいてくる。
「覚悟しておけよ」
唇が重なる直前にそう宣言された。同時に郁は自然と目を閉じて、触れる唇を受け入れた。




柔らかい冬の日差しが西に落ちていこうとするその時間--------。
郁にとっては初めて想いが重なった恋は、最後の恋になる宣言をされた。





fin

 

(from20121019)