+ 乙女心の楽しみ方 +      郁ちゃん3年目の12月(内乱後カミツレデート前)の出来事

 

 

 

 

連続勤務の後の久々の公休日だというのに、なぜかいつもと同じ時間に起きてしまった。
定時出勤の柴崎と一緒に食堂で朝食をとって自室に戻ると、ぼんやり朝のニュース番組を流し見しながら、もう一寝入りするかどうかを迷っていた。
いつも通りきちんとメイクを整える柴崎の背中に部屋着のままの郁が声をかけた。
「ねえ、柴崎のパソコン借りて良い?」
郁のパソコンは学生時代から使っていたノートなのでだいぶ古くなって動作が遅いのだ。
「何するの?」
「ん、ネットで調べ物」
「・・・暇なんでしょ?図書館行ってやんなさいよ」
「別に、今日のランチ先を探そうかなと思っただけだよ」
「何?誰とランチデート?教官?」
「んなわけない!」
ケータイで調べても良かったんだけど、早起きしちゃったからちゃんと調べようかと思っただけ!と言い訳した。
「ふうん、笠原ならいいわよguestで入って。パスわかるわよね?」
パスワードは知ってる。とある番号を逆から入力するのだ。
「ま、あんたならネット検索以外の事はできないってわかってるから。ランチ良かったら教えてね」
そう言い捨てて、柴崎は定刻どおり出勤していった。


小一時間くらいネットサーフィンしてあれこれチェックした。
武蔵野から近くもなく、遠くもなく、でカミツレのお茶が飲めるところ。
初めて堂上が連れて行ってくれ、と言ったのは昇進試験のお礼の時だから、もう半年、いやもっと前の事だ。
堂上にそんな風に言われる前から時々出かけたついでにハーブティを楽しむことはあったから、いくつかお店は頭の中に入っているが、「探しておけよ」とはっきり言われたのは水戸図書基地の温室でカミツレの花を見たときだ。

しばらく飲みに行ってないから、お店があるかどうかもわからないし、他にもいいお店がオープンしているかもしれない。
上官を案内するのだから、下見なしで失礼があったら大変だ。
いろんなキーワードを入力しながら、郁はせっせと検索結果のいくつかを手帳に書き入れた。




◆◇◆




街はクリスマスムード一色で歩いているだけで心が弾む。
候補の店は吉祥寺と立川で検索した。都心まで出ればハーブティ専門店がたくさんあるんだが、教官はたぶんブレンドとかまではわからないだろうし、其処までこだわりすぎても引いちゃうかもしれないし。
だけど吉祥寺は武蔵境から近すぎて他の隊員を鉢合わせする可能性が高い。その辺は誤解無きよう、気を遣わないと・・・だよね。
そう思うとやはり立川かな、と駅のホームで手帳を眺める。

立川でチェックしたのは3店ほど。
1つは前から知ってた本命のお店。郁のお気に入りで、毎回ではないけど立川に来れば時々寄ってお茶を飲むこともあった。1つは以前からハーブを使ったオーガニック料理が売りのレストランが本格的にハーブティの取扱を始めたとホームページ書いてあった。最後の1つは郁も知らない新しいハーブ専門カフェらしきお店だ。
3店舗全部入店しても、そんなにお茶ばっかり飲めないしなぁ、と電車の中で1人でなにげなく苦笑した。
12月後半になると図書館もクリスマスイベントや年末年始休館に向けて多忙を極める為公休も少なめで、たいがい6日連続勤務が2回続けてとかになる。
半月で1日しかない公休にとても電車に乗って買い物に行くような元気はなさそうだから、クリスマスプレゼントとかは立川まで下見に行ったついでに買っておこうと思っていた。クリスマスプレゼント、といっても彼氏いない歴年齢同様、なあたしには本命プレゼントなんて用はない。
だけどクリスマス雑貨とかって、可愛くてついつい手が出てしまう。見てまわるだけでもわくわくするんだけど、つい可愛すぎて送り先を探してでも買ってしまいたくなる。
そうして入隊一年目に何気なく買って柴崎に「日頃のお礼」としてプレゼントした事から、翌年からも二人でちょっとした物を贈り合うのが恒例行事になっている。
昨年女の子同士のプレゼントしか買わないあたし達っていいお年頃なのに寂しいよねぇ!と二人で買ってきたケーキをつつきながらプレゼント交換してから一年も経つんだぁ。

いやいや。
今日はカミツレのお茶の下見だから!プレゼントはそれが終わってから!
ぶんぶん、と頭を振って電車にゆられている姿は傍からみたら滑稽だったかも。日差しの入り込む車内は屋外の寒さとは違ってぐんと暖かい。その揺れと心地よい日差しで郁は少しうとうとして夢心地になった。





なんとか乗り過ごす事なく立川駅を降りた。今日はクリスマス前の土曜日なのでコンコース内は昼間でも人が溢れてかえっていた。人の流れに逆らわいで上手く駅ビルに入った。
第一候補の郁が以前から気に入っているお店は南側の駅ビルの中に入っている。わざわざ下見に来たのだから、あえて初めての店に先に行くことにした。
エスカレーターに乗ったまま店のディスプレイを眺める。ああ、洋服はもうちょっと我慢してバーゲンになってからだなぁ。今年はブーツを新調したいし。
去年コートは買ったから今年は我慢しよう、あとはボトムが欲しいかな、と少し先の脳内買い物計画を立てながら目的の店へ向かった。
初めてなのでお店の入り口に立てかけられたメニューとランチの案内を覗く。ランチは3種類出ていたが、メニューをみると軽食とケーキが中心のカフェだった。
カミツレのハーブティもあったが、ブレンドされている物だった。
カモミールティは意外とあっさりなので、他の物とブレンドされることが多い、とは何度かあちこちのカフェや茶葉の専門店に出向いてわかったことだ。
「んー、教官は男の人だしカミツレのお茶を飲んでみたいって言うのが目的だから、ブレンドじゃない方がいいかなぁ」
とすると、もう一件の専門店の方が良いかな?その店のケーキメニューに後ろ髪ひかれながらも、お店探しだから!と自分に言い聞かせてその場を後にした。



駅ビルを出てそこから北西へと少し離れた場所に建つファッションビルの中のハーブ専門店に足を向けた。
オーガニック食品とハーブ取扱の専門店そこには併設するハーブ専門カフェが目的地だ。
ハーブコーディネーターが常駐しているとPOPに書いてあり、こんなに専門的な所へは初めて来たので入ってみることにした。
オーガニック色のカフェエプロンをつけた店員が持ってきたメニューをみてもまさに「本格派」なカフェだということがよくわかった。
郁は素直にカモミールティとハーブクッキーのセットをオーダーして待つ。お店も素敵だしハーブ製品もたくさんあってあたしはわくらくするけど....女子率高い!っていうか結構自分より年齢上の女性も多いので、教官を案内するのには専門的過ぎるかなぁ。

出されたお茶の香りと味を楽しみながら、年明けに堂上教官とこんな風にお茶を飲むのかもしれない、と思わず想像する。
カミツレのオイルを渡したときに少し不思議そうな顔をして香りを試してくれたときの教官。
水戸図書基地の温室でひっそりと、だけど強く咲いていたカミツレの花を見たときの教官。

カミツレのお茶はどんな表情をして楽しんでくれるのだろうか?
まさか眉間に皺寄せて厳しい表情をしたままってことはないだろうけど...その日は少しだけでも優しく笑ってくれたら。
----------あたしの一生の思い出なるかもしれない。
そうだったらいいなぁ、と1人で夢見がちな想像しながらカモミールティを飲み干した。



時間的にお茶だけならここもいいかな。ランチと一緒に楽しむ時間帯だったらいつものお店にしよう。
そう心の中で決定事項を整理して郁の下見は終了した。
あとは自由時間!今年は何をプレゼントしようかなぁ、何にも考えてないんだよなぁと思いながらカフェの隣のハーブ専門店へぶらりと入った。


お茶も乾燥ハーブも食品もリネンも、とそこはハーブに関する物は何でも揃っていると言えた。
せっかく新規開拓したお店だから、良さそうなものがあったらここで柴崎のプレゼントも買おうかなぁ。
あ、今年は良かったら毬江ちゃんにもあげたいなぁ。図書館で会えなかったら小牧教官に預ければいいし。
いや、そうすると毬江ちゃんだけってのも失礼かな?日頃お世話もフォローもしてもらっている上官だし、何か貰っても邪魔にならないようなちょっとした物...
郁はいろいろ考え始めた。
予算はそんなに取れないけど、それでも誰かへのプレゼントを選ぶって楽しい。うん、値段じゃないもん、気持ちだもんね。


そう決めたら当然の事ながら堂上教官にも買わないと不自然だし、手塚だけないのも不憫だし...と結局いつものメンバー分のクリスマスプレゼントを物色しはじめた。
だけどそんな風に悩みながらアレコレ見てあるのか楽しいのだ。これがクリスマスシーズンの醍醐味だよねぇ、なんて1人自分に説いてみる、心の中で。

毬江ちゃんはハーブの手作りクッキーもいいなぁ。小牧教官達はハーブの男性用Skin careミニセットとかどうかなぁ。
柴崎は化粧品はこだわりあるからだめだけど、オーガニックのルームシューズとかどうかなぁ?
そんな風に1人1人を浮かべながら棚を眺めていたら、あるコーナーが気になった。

アロマオイルとアロマディフューザー。

そういえば堂上教官にあげたカモミールのオイルはどうしたかな?
かれこれ一年近く前になるけれど、あれから使い方を聞かれたりはしなかった。教官の事だから自分で調べたのだろうと思う。
まだ残ってるのかな?だとすればそろそろ品質が変わっちゃうから新しいのを、って思うけどどうなんだろう?

その場で好きだと言ってくれたカミツレの香り。
押しつけがましく思われないなら、また使って欲しいと思う。好きな人と好きな物で繋がるというか...共通の物があったら、嬉しい、と思うのが恋する乙女の心情だから。
アロマポットとかディフューザーを使っているという話も聞いたこと無いけど、あのオイルを使ってくれているとしたら教官はどんな風にしてるのかな?

--------------聞いてみれば良かった。

もし気に入っていてくれているなら新しいオイルをプレゼントするのもいいかな、と思う。
「そろそろ使用期限が近づいてますし!」って言い訳も効く。
コップに入れたお湯に垂らすだけでもいいけど、こんなのいいかも、と手にとったのはモバイルディフューザーなる物。
シンプルな形で化粧ポーチ大くらいのコンパクトさだった。

こ、こんなの堂上教官に、どうかな?

部下から世話になってる上官へのクリスマスプレゼントにしては少々値が張りすぎる。
だけど堂上教官、誕生日12月なんだよね。それには...どうかな?っていうか、誕生日プレゼントに、なんて言ったらいろいろ問題ある?!

コーナーの前で悩むこと数十分。悩む悩む悩む。
「カミツレオイルを気に入ってくれているなら良いと思うんだけど」と「でも単なる部下にこんなの貰っても迷惑かな」が行ったり来たりする。
ええい、買う!買って帰る!迷惑そうだったらあたしが使えばいい!あたしも欲しかったし!
いろいろな言い訳を山ほど自分にくっつけて、手にしたそれをエッセンシャルオイルと一緒に籠に放り込んでレジへと向かった。




◇◆◇


プレゼント用に買ったものはどれもこれもラッピングしてもらったので中味は小さいのに外装が嵩張り、郁は大荷物を抱えて最寄り駅から図書基地まで歩いた。
両手両肩に紙袋がぶら下がっているこの状況は決して重くはないのに身動きがとりづらく、自然と前と足下だけしか見えないロボットの様な動きで歩いていた。
「笠原」
後方から聞き間違える事のない声が聞こえた。堂上教官だとすぐ判っていつもよりドキリと心臓が鳴る。だってついさっきまで教官の事を思いながら買い物していたのだから。
「お、お疲れ様ですっ」
紙袋が大きめなので体を反転させると、周りにそれがぶつかってしまいそうで慌てた。
「...いったい何をそんなに買い込んできたんだ、貸せ」
堂上も近所への買い物だったのか、スーパー袋を一つ抱えていたが有無を言わさず郁の肩から一番大きそうな袋を外してさっと自分の肩に移動した。
「大丈夫です!重くないですから!」
「いいから持たせておけ」
袋一つで道ばたで口論になるのも何なので、そこは素直に堂上に甘えた。

荷物がぶつかるので、二人前後になって郁は堂上の後からついて歩いた。
ど、どうしよう、プレゼント...

公休明けて勤務日になれば、わざわざ呼び出すかなにかしないとプレゼントは渡しにくい。
別にクリスマスプレゼントだから、って当日に約束して渡すような間柄ではない。
毬江ちゃんの分も二人がいつ会うかわからないから早めに小牧に預けるつもりだったし、実家に贈るプレゼントもあとで手紙を書いたら、早めにコンビニに持って行こうと思っていた。

せっかくだから、今、あの時のオイルはどうしましたか?って聞いてみようか?

きっと勤務日の休憩中とかならさらっと訊けるのだろうが、意識して悩んでやっとの思いで購入してきた日だったのでいろいろ思考がテンパッてしまい、たった一言が自然に紡ぎ出せない。まして当初の目的はカミツレティを飲みに行くための下見だ。自分が凄く楽しみにしてるって事が堂上にばれてしまったら、いろいろ重すぎるだろう!と思うから。
「お前単にお茶飲みに連れてってくれ、といっただけなのに、わざわざ現地調査に行ったのか?」と思われたら凹む。

歩道は遠慮して後ろを歩いていたが、基地内に入ったので郁はさりげなく堂上の横に立って歩いた。
さらり、さらりと話せばいいんだ、いつも通りに。
「も、もうすぐクリスマスだなぁと思ったらいろいろ買いたくなっちゃって。クリスマスプレゼントを買い込んじゃったんです」
ラッピングされてるから嵩張るんですよー、と言い訳する。そのとたんに堂上の表情が少し曇った。
「...こんなに誰に贈るんだ?」
「えっと、柴崎とは毎年プレゼント交換してて。今年は毬江ちゃんにもあげたくなったんです...。で、あの-------」
アロマオイルの事を訊きたかったのに、もう二人の足は寮の入り口に到達してしまった。

ええいままよ!

「これ、教官にもプレゼントです!要らなかったら返品可ですから!」
わざとついでの様ないい方をして、郁は手にしていた一つだけ違うサイズの紙袋を堂上の胸に押しつけた。とっさに受け取った堂上の肩からは、違うプレゼント袋を奪って「ありがとうございました!失礼します!」と言ってスタスタと先に寮内へと逃げ込んだ。

せっかく色々渡すときの言葉とか段取りとか考えたのに!何一つ出てこないなんてあたしの馬鹿!
郁は真っ赤な顔をしているのが判ったので俯きながら、女子寮入り口をくぐった。使い方が判らなきゃなんか言ってくるだろう、要らなきゃなんか言ってくるだろう。
いいのいいの、部下から上司へのプレゼントなんてこれくらいささっと渡した方が、あたしらしいし----------込められた気持ちを「重い」なんて思われたくない。
部下として面倒見るのも十分重いだろうに、気持ちまで押し付けたら重すぎる。だからさらりと、これでいい。

受け取った堂上がどんな顔をしているか、どんな風に思ったかまで想像したくなかった。柴崎がまだ帰って来ていない二人部屋は、外と同じくらい寒かった。




◆◇◆

 


勢いで堂上にプレゼントを押し付け、いろんな意味で恥ずかしくなって勢いで冷蔵庫に入っていた缶酎ハイを飲み干した。普段柴崎と飲むときは本当にちびりちびりなのに、今日は数回で飲み干した。
文字通りカンッと音を立ててコタツの上に空き缶を置くと買い物した物をそのままにしてベッドにポーンと全身を投げ出した。

好き、っていう気持ちをどうやったら上手く昇華できるのかな...
自分の事を好きになってくれたらな、っていう淡い期待も捨てられない。だけどそれを押し付けて重荷に成りたくない、それが一番だったから。
見慣れた天井をぼんやり眺めながら自分の行為を忘れたくて郁は疲れと酔いに任せたまま目を閉じた。



目を覚ましたら、部屋は真っ暗だった。
嘘っ、夕飯食べ損ねた!とあわてて時計のバックライトつけると消灯の1時間前だった。そのまま部屋の電気をつけると柴崎の「出かけてきます、外泊出していくけど帰ってくるわ」というメモ書きを見つけた。こうやってたまに何も告げずに「でかける」という時があるのは情報部の仕事絡みなんだろうな、と郁なりに思ってはいた。
とりあえずまだコンビニ行ける、と慌ててダウンジャケットを着込んで部屋を後にした。



訓練速度でロビーまで降りてくると、そこにはさきほどまで隣で見たコートを着た人がビールを飲みながら点いているテレビ番組を見ていた。
「...堂上教官」
寒いのにこんな所でどうしたんですか?と口に出す前に堂上が立ち上がって郁の肩をぽんっと叩いた。
「...コンビニに付き合え」
空き缶をゴミ箱に投げ捨てながら先に玄関へと向かっていった。


「夕メシ、喰い損なったようだからな」
な、なんでそれを!?
「『缶酎ハイ一本空けて笠原が寝落ちしてましたけど、何かご存知ですか?』ってメールが来た」
一度帰寮した時に柴崎がメールしたらしい。
「プレゼントのお礼がコンビニ飯、っていう訳には行かないだろうが、腹が減りすぎて眠れなかった、と翌日の業務に.......」
支障を出ても困るからな、とか、いつもなら拳骨付きで言われる流れだったのに、何故か堂上の言葉が途切れた。
不思議に思い郁はそおっと堂上の横顔を覗いた。
「...いや、いい」
寒さから自然に訓練速度のまま歩いてきたので最寄りのコンビニまでもあっという間だった。


郁がお弁当とカップスープのようなものを籠に入れ、デザートの選択も終わる頃、堂上が数本抱えてきたビールとつまみを同じ籠に投げ込んだ。
と思ったら郁の手から籠を奪っていった。
「これだけで良いのか?」
「いえ、そんな!自分の夕飯ですから!」
「お礼だ、とは言わん。ついでだ」
有無を言わさず、さっと会計されてしまった。



コンビニ袋を持つ堂上の少し後に続いて郁も寮へと急いだ。本格的な冬の寒さに思わず急ぎ足になってしまっただけだと思った。
だが寮に着いて自分用の食料を受け取ろうしたら、堂上は袋を持ったままロビーのソファに腰を下ろしてしまった。
「まだ柴崎も帰寮してないだろう、ここで食べていけ、少し寒いけどな」
そう言ってソファの隣に座るように促した。郁はおずおずと黙って座った。なんだか、今日はいつもとペースが違う...。
お腹も空いていたし、消灯までそれほど時間があるわけでもないので、素直にその場で弁当を広げて口に放り込んだ。

郁が食事する様子を見ながら、堂上は買ってきたビールをまた開けてつまみと一緒に味わった。
「コンビニ弁当でも1人で食べるよりも、誰かと一緒だというだけで上手く感じるもんだ」
ロビーで食べていけと促してくれたのはそんな堂上の気遣いだったとは。だけどそれには続きが在った。
「だから明後日の課業後は俺の飯に付き合え。貰ったプレゼントのお礼だと思って良いから」
突然の誘いに郁は箸を止めた。だってその日は-------------

「...堂上教官の誕生日ですよね?」
今日渡したプレゼントには、実はそんな思いもあった。お世話になっている上官や同僚にささやかなクリスマスプレゼント。そして誕生日も間近な堂上教官には...って。
だけど重く思われたくない。だから決して誕生日プレゼントだ、とは口にしなかった。
「言っただろう?誰かと一緒だというだけで飯は上手くなるもんだからな」
それに俺からは気の利いたクリスマスプレゼントは用意してやれそうにないからな、と言われた。
「でもお誕生日ですから、お祝いの予定とか約束とかはないんですか?」
「アホか。俺をいくつだと思ってるんだ、誕生日パーティをするような年じゃない」
飲みかけの缶ビールをグイッと煽る。
「プレゼントのお返しができて、飯も旨くなるんだ、それで十分だ」
「なんですかそれ、あたしが行けばご飯が美味しくなるって調味料じゃないですよ!」
「そんな事を期待しとらん。ただし寝オチは堪らんから酒は一杯な」
「誕生日のお祝いの日まで寝オチ前提で行きませんよ!」

謀らずとも予想外に、堂上の誕生日を一緒に過ごす約束になるとは。
郁にとっては「思いを寄せる人が生まれてきてくれた大切な日」に一緒に過ごせるなんてこれ以上のクリスマスプレゼントはない。あたしがお祝いするのでいいのかな?とも思うけど、教官が良いというならあたしがお祝いしてあげたい。
そんな乙女心------------


「はいっ。では明日、明後日は業務に励みます!」
「馬鹿、他の日も励めよ」
「当然です!」
カミツレティを飲みに行く以外にももう一つ嬉しい楽しみをもらえた。

「プレゼントありがとう、使わせてもらう」
上官の時にはなかなか見れない優しい笑顔と大きな掌が郁の頭でぽんぽんっと跳ねた。
それだけでも今は十分幸せだった。





fin

(from 20130115)