+ プレショコラ・ランデブー 後編 +    ホワイトディに贈る(?)バレンタインディSS(堂郁恋人期&手柴)







待ち合わせした駅前から離れて特に何も決めずにぶらぶらと歩いた。

久しぶりに映画でもみるか?と堂上に言われたが、今日は違う方が良いかな、と何故か小声で郁はつぶやいた。
その理由が気になってしばし横を歩く郁の表情を伺う。
「・・・なんか今日は盛りだくさんの楽しみがあって・・・凄く幸せなんです」
柴崎と女の子トークをしながらのお出かけ。買いたかった実家に送るチョコレートも満足できる物をチョイスできた。雑誌で評判のランチも食べたし、春物のチェックも出来たのも良かった。そして教官と用事のないデートも久しぶりだ。結婚式の準備とか新居の為の何かとか、二人でできるのは幸せなのだけど、なんとなく気ぜわしい事が多かったから。
こんなに幸せにしてもらっていいのかな、なんて思う。人通りの多い街中で『幸せなんです』なんて口にしてしまったのが少し恥ずかしかった。
「じゃあ少し休むか?」
「でも教官と会ったばかりだし」
こつん、と空いている手で軽い拳骨が落とされて気づく。
『篤さん』と呼ぶのはだいぶ慣れたのだけど、さっきまで柴崎と一緒だったせいか、まだ恋人モードな堂上に上手く切り替えられなくて今日はドキドキする。
「疲れてるならお茶飲んで休むか?それとも部屋をとるか?」
ち、ちょっと待って!
堂上と付き合うようになって随分月日も経った。それまで純情培養乙女と言われた郁もあと数ヶ月で人妻だ。恋人に部屋をとると言われたらその先にあるのは何なのかはわかっていた。そんなつもりはなかったからお泊まりの準備とかしてきてないし。
堂上だって休日返上で仕事をしてきた後に、こうして郁とのデートの為に出てきてくれたのだから、やっぱり疲れているんじゃないかと思う。
だから夕方まで時間を潰して早めにご飯食べて帰れば・・・寮でゆっくりしてもらえるかも、なんてぼんやり考えてた。
ん、でも本当に少し横になりたいとかなのかな?

「・・・だいぶ疲れてます?きょうか、じゃなくて篤さん?」
「そうだな。事務所で仕事してたけだから体力は余ってるけどな」
にやりと少し意地悪な笑みを浮かべて郁をからかうような口調で言った。
「バレンタインのチョコをこうして持って歩いてるのに、俺用のチョコはまだオアズケなんだろう?だから先に郁をいただこうかと」
な?と言わんばかりの表情で堂上が隣の郁の顔を覗き込んだ。
口調はからかい気味だか、漆黒の瞳は本気で郁を欲しがっていることを伝えてきた。
「あ、篤さん・・・ちょっとえっちぃ・・・」
「そう言うけどお前自分がどれだけ挑発的な格好しているのか判ってるのか?」
「うっ・・・」
言われて自分の胸元から足先へと目線を落とす。華やかな上着にエナメル風ホットパンツ・・・ああそうだ、今日はこんな格好だって忘れてた!
郁が隣で呆然としている間に、堂上は携帯を素早く操作して電話をかけはじめた。平日だからほんの数分で予約が取れたらしい。

携帯をポケットに戻して行くぞ、と郁を促して歩き始めた。何も言わないからきっとあのホテルかな?と想像がつくけど方向が違う。
「デパートとコンビニ寄ればいいよな?」
それは着替え・・・というか下着を買えって事なの?やっぱりお泊まりー?!
「でも篤さん明日仕事・・・」
「ああ、二人で朝帰りするのもあと何回かだな」
何故かその口調は名残惜しそうに聞こえた。って朝帰り前提じゃなくて!

長く二人きりで一緒にいられるのは嬉しい。
甘い顔で見つめられると未だにドキドキして困ってしまう・・・いちゃいちゃするのも好きだけど。

今夜ちゃんと寝かせてもらえるかな、あたし・・・
もう一度自分の格好を見て柴崎の奴ぅ!と恨み節を心で唱えながら堂上に置いて行かれないよう、改めてぴたりと身体を擦り寄せた。








◆◇◆









『今から向かう』と歩きながらメールを入れたおいたので、手塚は書店入り口のエスカレーター下まで降りてきていた。

「外で待たせてごめん」
真冬に外で待たせるとかさせたくなくて、書店で待ち合わせにしたのだが冷えてしまっただろうか。
「いや、今中から出てきた処。見ていくか?」
「そうね、せっかくここまで来たから少しいい?」
ある程度の大型書店は吉祥寺あたりでもあるが、専門書クラスまで置いてあるここは今後のレファレンスの為にもさらっとでも眺めておきたい。
二人は連れだってエスカレーターに乗った。


小一時間ほどそれぞれが好きなように書籍を見て歩いた。
特に買い物はなかったので、そろそろ行く?と声かけて表へ出る。
「夕飯も付き合ってくれるわよね?」
「ああ、そのつもりで来たから」
手塚のいう『そのつもり』は時間も金もある程度準備してきた、っていう意味だ。
「あら随分出来るようになったわね」
「お前に呼び出されて『そのつもりは無い』が通用するとは思ってないさ」
その時何故か手塚の手がぽんっ、と柴崎の頭で軽く跳ねた。突然の事にわずかながら柴崎の方が瞬時震えたのを見て、ハッと自分が無意識でしたことに気がついた。
「手塚ぁー、あたし笠原じゃないわよ?!」
「スマンっ...ていうか俺笠原にこんな事しないぞ?!」
自分でも今どうして尊敬する上官が落ち着きの無い部下によくやっている事を同じ風にしてしまったのか甚だ疑問だ。
「そりゃぁそうでしょうね」
そんなことしたらあの人の眉間の皺が深くなる処じゃすまないだろう。
「まあいいわ。今夜はあたしの行きたい店でいい?」
「ああ」
じゃあついてきて、とばかりに数歩先を歩く柴崎の横に早歩きで追いついた。そして了解も取らずに柴崎の手に触れてそのまま握った。
「・・・人が多いから虫除け」
何か苦情やらを言われる前に言い訳をつけておいた。柴崎は黙ってされたままに手を繋いで地下鉄へと向かった。




連れて行かれた先はとある有名割烹料理店。
「お前...」
こんな高い店に行くって聞いてないぞ!と口を開こうと思ったタイミングで柴崎に引きずられるようにして店の門をくぐった。
ただし表玄関ではなくその横に敷かれた石畳を通って奥へと向かった。

表と比べると普通の和風住宅に在るような小さめな引き戸を開ける。
中は割烹料理店とは思えないこじんまりとしたカウンターとテーブル席がいくつかある小料理屋スタイルの場所だった。

「表はスポンサーつきじゃないととても入れないわよ。こっちは常連さんがふらっと1人で飲みに来れるような造りになってるのよ」
ここを教えてくれたのは他でもない手塚の兄だ。内密な内容の時は当然ここはつかわない。が、通常の情報交換の時に何度か利用した事があって、柴崎も板前と顔なじみにはなっていた。
いらっしゃいませ、と割烹並みの丁寧な声を掛けられる。
「こんばんは」
柴崎は黙ってカウンター席の方へついた。手塚もそれにならって隣に座る。
「おひさしぶりですね、ビールでよろしかったですか?」
いい?と言いたげに横目で手塚の方をみると軽く首を縦に振った。
「お願いしたものも入ってます?」
「ええ、来てますよ」
「ありがとうございます、後で頂きますね」
料理はその時の旬なものを中心に勝手に板前が見繕ってくれる。客の好みなども把握している処もプロの仕事だと思えた。

よくこんな店知ってるな、と言いたいところだが、柴崎の情報部員としての立場だからこそなのだとそれ以上話題にすることはしなかった。
そんな特別な処へ連れてきてもらったと感謝でもしておこう、と楽しむことにした。

とりとめもない話を二人でした、最初の話題は寮で見かけた時の郁の格好だ。
「お前よくあんな格好させたなぁ、一正に会うこともわかってたんだろう?」
「だからに決まってるでしょ」
あの子で遊べるのもあとわずかだしぃ、と微笑む。もちろんそれに楯突く気はないが・・・
「まあ、明日寝不足で出勤しても多めにみてやってね?」
「馬鹿言え」
そこまで算段されているとは・・・と郁よりむしろ堂上に同情した。


適度に小腹が満足するところまで食が進んだところで、柴崎は持っていた紙袋から包装された小箱を手塚の前に差し出した。
「少し早いけどバレンタインチョコ」
「・・・ありがとう」
チロルチョコじゃないだな、今年は。と口にしそうになったが臍を曲げられても困るのでぐっとこらえた。
「でね、ここで開けて欲しいのよ、今食べたいから」
坂上さん、いい?と板前の名を呼んで何かを頼んだ。
奥から出してきたのは渋めの緑色の瓶に可愛い鳥のラベルがついた日本酒。
『カワセミの旅』と書かれていた純米原酒だった。
「チョコレートにあう日本酒だって有名なんだけど、ショコラはともかく笠原と日本酒飲むわけにも行かないし。だから自分で取り寄せないでお店で仕入れてもらえないかって、無理言ってお願いしたの」

柴崎から渡された初めての特別っぽいチョコ。
話題には乗っておかないと、なんて言い訳しながらもこの日のために取り寄せた特別な日本酒。

普段は言葉を巧に操っているようにみえて、こういう処は意外とベタだな、と思いながら仕事から離れればやっぱり普通の女の子だ、と思う。
「チョコも酒も俺だけの為、じゃないんだな」
「あら一緒に楽しむ方がずっと良くない?だって美女付きなのよ」
「じゃあその美女もお持ち帰りできるのか?」
「何言ってんの、そんなの100年早いわよ」
まあ100年じゃおばあちゃんになっちゃうから、10年ぐらいにまけておいてもいいけど?

綺麗な江戸切子に注がれた日本酒を軽く縁をあわせてから少し口に含む。独特の甘さがある日本酒だ。甘いけど口当たりはさっぱりで飲みやすい。
そして開けた箱からショコラを一粒つまみ、横に座る男の口元へ近づける。
苦めのカカオの香りに鼻腔を擽られ手塚は意識もせず口を軽く開けると、その香の元がすぽんと投げ込まれた。
舌に乗せたとき苦みと砕いた中から蕩けるような甘みとが合わさって上品なショコラだと感じた。
まだ口にショコラが残っていたが、あえてその状態で再び日本酒を口に含んだ。
「んっ?」
思わず声が出そうになる位の衝撃な味わいだった。
お酒の甘さもショコラの甘さも両方引き立つ。正にデザートで嗜むお酒だと思った。

「どう?」
「ああ、ちょっと驚いたが、悪くないな」
手塚は甘い物が苦手ではない。積極的に食べたいとは思わないがいける口だった。
「よかった。まあ日頃の感謝を込めて、ってことで」
「・・・なんか後が怖いな?」
「あらいいのよ?素直に受け取れないならお兄さんに振る舞っても」
「冗談はよせ」
「なんなら今電話してみる?」
「馬鹿やめろよ!」
顔を赤くして本気でさせるか、と必死になる様子が妙に可愛く思えた。
10年早い、が縮まるのはもう少し先か・・・








◆◇◆








普段と違う姿の郁に触発されたのか...堂上にたっぷり貪り食われた後、腕の中に包まれたままうとうとしてしまい、気がついたときには窓から見える景色が街のネオンに変わっていた。


素直じゃない人に素直にさせるにはどうしたらいいのかな?

シャワーを浴びてからまた郁はごろんと横に転がりながらそんなことを口にした。
「なんだ?」
郁の言う人のは柴崎達のことか、と何となく予測がついた。
待ち合わせた後柴崎を見送るときに郁は自分でも気づかないほど凄く嬉しそうな顔をしていたのだから。

「まあ、素直になるには時間がかかるんだろう?人のこと言えるか?」
え、あたし?!
あたしはいつも自分の気持ちには正直に生きてきましたけど?
でも正直な気持ちを人に伝えられるかとかっていうのは別で!!

「きっかけ次第、なのかな」
結局郁自身もそれまでに積み上げてきた堂上との関係が崩れてしまうことが一番怖かった。部下として認めてもらえるようになって、ますますその手を離したくなかった、それが上官としての手でしかなかったとしても。
この人を失うかもしれないという恐怖が郁を襲ったときに、咄嗟に上官の襟首を掴んでしまったあの時。
思い出すとものすごく恥ずかしいけど!
堂上はあのとき、何をおもってたのだろう?怪我がなかったら上官と部下のままだったのかな?

実はそんな風に何度か思ったことがある。もしもあの時、なんて思ったらキリがないでしょ、って柴崎には言われたけど。カミツレのお茶を飲みに行ったときの事にしろ、堂上が怪我をしたときの事にしろ。

「まあ人生は気合いとタイミングって処かな」
気合いとタイミング?!
「想いが滾っていくような情熱とタイミングがあえば、自然と結果がついてくるんだろうな」
「なんか篤さんが言ってるのは難しいな」
でもタイミングはあるかも、と思う、恋って。

「俺は郁を手放す気はなかったけどな、ずっと前から」
それってどういう意味?ずっとっていつから?!と訊いたけど答える気は無いようだ。
隣で涼しい顔で微笑む堂上をみたらなんだか急に悔しくなって、身を起こして逞しい肢体に飛び乗った。なんとか質問の答えを聞きだそうと技を掛けようか、擽ってみようかと悩む。
「なんだ、やる気満々か?」
そう言うとわざと腰のローブの紐に手をかける仕草をした。
「ちがっ...!」
組み敷かれたままのその人は悪い微笑みを浮かべて、郁の身体へ腕を伸ばすとそのまま抱えてくるりと上下反転した。

「今日はバレンタインショコラの代わりに頂く約束だからな」
え、さっき食べたじゃん!?まだ食べるんですか!?と訊いたいのだが、既にゆるりと郁のローブの中を這う掌に翻弄され始めていて、体内温度が急上昇し始めていた。

「.....ううう.....召し上が...れ?」
所詮堂上に敵うことは無いと悟って郁は早々に白旗をあげた。






fin

(from 20130315)