+ スター誕生 +

 

 

 



とある昼下がりの穏やかな午後。



図書特殊部隊事務室では、よく見る光景が広がっていた。
相も変わらず、上官達から丸投げされた書類を黙々と片付けていく堂上と、その代わりに班内で作成しなければならない書類を請け負っている小牧。
うっかり成分たっぷりな部下とその同期は書庫作業に出向いている。


そして当たり前のようにバァーンっと事務室のドアを明けて入ってくる玄田。
これもいつもの光景だ。
「隊長、届いてますよ」
「ああ、きたか」


緒形は立ち上がりながら、つい数分前にもちこまれた特殊部隊宛郵便物の中から大きめの封筒を1つ、玄田に渡した。ん、と玄田は差出人を一目で確認し、豪快に封を開けた。
取り出したのは、明日発売の週間新世相だ。
その場でパラパラと中をめくり、にやりとした後、すっと堂上へ差し出した。


「先日のインタビュー記事が載ってる。後はお前達で適当に回して構わんぞ」
そう言い捨て、満足そうに笑いながら隊長室へと消えた。



「ああ、例のアレね」
小牧がそのインタビューに纏わるアレコレを思い出しながら苦笑する。
堂上はおもしろくない、という風体で受け取った週間新世相の表紙を見る。
トップを飾る特集記事などではなく、タイトルこそ表紙にあるが、ちょっとしたコラム程度の扱いの様だ。
世相社の折口に「図書特殊部隊の簡単な紹介記事よ」と言われてインタビューを受けたのは、もう2ヶ月も前の事だ。見開き程度だし、写真と数十分程度の質疑応答をまとめた物を載せるだけだから、と言われたものの、「なんで俺なんですか?!」と隊長に食ってかかったことを思い出した。

「週間新世相は全国誌だぞ、彼女持ちじゃまずいだろう」
「妻子持ち、彼女持ちを除いて若手といえば...」
「手塚がいるじゃないですか?!」
「手塚は隊内で未だ下っ端だぞ、インタビュー内容にはある程度責任持てる立場じゃないとな」
「だいたい新世相の読者層からして、20代前半はダメだろう」
「お姉さまからおばあちゃんまでだもんな」

その場に居合わせた先輩隊員たちは、もう言いたい放題である。
さすがの堂上もこの件に関しては「面白がられている」事がありありとわかった。

「・・・どうせ拒否権はないんですよね」
ニヤリと笑った玄田が豪快に堂上の肩を叩いて隊長室へ消えていけば、もうそれで議論は終わりだった。




いつ掲載されるか未定だったので、そんなインタビューを受けたことも正直忘れていた。
一息つくか、という意で椅子を机から少し離し、パラパラと該当記事を探す-------------

「---------- なっ!」
ガタンッ、ガシャーーン!!
開いた誌面をあわてて閉じ、立ち上がったと勢いで事務椅子がひっくり返った。
なんだ、騒がしいな、と緒方も書類の手を止め、顔を上げた。


「隊長 ---------っ!!」
真っ赤な顔になると同時に眉間のしわを深くしたまま、素早く椅子を立て直し、スタスタと隊長室へむかう。


「ぷはっ...こ...れ...」
凄いサービスショットだね...と、堂上の投げ捨てた冊子を広げた小牧がつぶやいたが、いつもの上戸が入って何を言っているのかわからない。
さすがの緒方も何事かと立ち上がって誌面を手にする。
ほう--------、
めずらしく声にならない感嘆を口にしつつ、笑って該当紙面を伏せて机に置いた。
「まあ、気持ちはわかるが、明日発売の全国誌だからな...」
「...こ、抗議も、いまさら...ですよね...」
小牧は上戸も納めつつ...緒方のなんとなしのフォローに答える。


「どういうことですか!!!」
「見ての通りだ。いい男に仕上げてもらってよかったな、堂上」
自席に座り込んだ玄田はニヤリとしたまま、抗議も当然のごとく受け止める気はさらさらない。
よかったじゃないか、全国誌デビューだぞ、とでも言いたげである。


週刊新世相の発売日は明日。
前日に完成誌を送られても、当然その流通を止める権限もなければ術もない。
「っていうか、こんな写真、撮影してもらった覚えはありませんよ!!!」
そう、当日折口が自分のカメラで撮影していったのは、スーツ姿と防衛服姿だけだ。
インタビューを校正してから、写真はどちらにするかを決めるわ、と言い捨てていったのだった。
「だいたい原稿完成時に向こうからチェック依頼がくるんじゃないですか!?ここか広報に!!」
「もちろん、俺がチェックして、広報にも了解とったぞ」
これは完全に謀られた、と理解したが今更である。
今頃、どこの書店にも、図書館にも配送されているか、到着済みだろう。



状況を理解したところへ、さらに追い打ちをかけるように隣の部屋が賑やかになった。
巡回や業務が一段落して、小休憩を取りに来た隊員達だろう。


早く回収せねば。
そう気付いた時にはすでに遅かった。


おおおおお -------------っ
そろいもそろって感嘆の声を上げた。
「すげーなー、堂上」
「これでお前もグラビアアイドルデビューだなー」
「ファンレターとか届くかもしれないな」
「堂上のレファレンスに行列ができるかもしれないな」
「俺、サインもらっておこうかな」
ニヤニヤした視線を浴びつつ、しかたなく自席に戻ろうとする。
どうしてこんなことになっているのか。
正直、インタビュー記事の中の自分を正視できない。
冷静を装おうと試みるが、顔が高揚したままなのが自分でもわかる。


ガシャ。
「お疲れさまでーす」
笠原、休憩でーす、と声かけながら、手の掛かる部下まで戻ってきた。
しかも、彼女と同室の魔女の微笑みをもつ同期女性と一緒だ。
事務室内の隊員達の視線が一斉にドア口に集まった。


ええと、さっきそこで特殊部隊事務室に行くという柴崎と一緒になったんです...などと弁明しようと思っているところへ
「おお、ちょうどよかったな、いいものあるぞ、笠原」

そういいながら先輩隊員がすばやく新世相を差し出す。
それは阻止しようと手をのばした堂上の手の中に収まることはなかった。

あ、はい、あ、お仕事インタビュー、今週は図書隊なんですね、と表紙をみて微笑む。

ちょっとまて笠原っ!!
そういいだそうとしていた堂上の腕はもちろん、先輩隊員たちに捕まれたままだ。
「----------- !!」
声にもならない悲鳴を飲み込んで、郁はその場で真っ赤になった。


それもそうだ。
自分の敬愛する上官が、折口からインタビューを受けていたのは知っていた。
だ、だけど、これって------------


郁の目の前にあったのは、自分の上官が鍛え上げた胸板の下までワイシャツをはだけて、濡れ髪のまま窓辺の光の中で柔らか微笑む写真。
仕事で一緒に事が長い班員の郁ですら、滅多に見ることのない姿と表情は、まさに-------
「---------- お宝写真ですねー、これ」
郁の気持ちを代弁するかのように、柴崎がつぶやいた、ニヤリと微笑みを浮かべながら。
うわぁぁ、っと心の声がダダ漏れの郁は真っ赤になったまま無言だ。

「...き、きょう...かん...い、い、イロッぽい...ですねっ...」
誌面から目をそらしつつ、俯いた郁がやっとこさ言葉を紡ぎ出す。
びっくりしすぎて、も、もう、それ以上声もでない。


これお願いします、と、持参した書類を緒形に渡し、
「明日が楽しみですねー、堂上教官。あ、明日から、かしらね、すぐには収まりそうにないですしね」
誰もが見惚れる美しい微笑みを浮かべながら、柴崎はドア口へ向かう。
「あたし、明日は公休だから、あんたの分も朝買っておいてあげるわね、新世相」
と郁に言い捨てて、失礼しましたー、と事務室を出て行った。



「え、ちょ、柴崎ぃー!!」
あ、あんな色っぽい教官の写真、て、手に入れて、ど、どうしろっていうのよ?!
堂上の逞しい胸元のチラリズムと笑顔で頭がいっぱいになってしまった。
ま、まだ仕事あるのに!!
「あ、あたし、しょ、書庫、も、戻ります!」
と、とりあえずこの顔、と動揺を、なんとかしないと!!
柴崎を追いかける風に、小走りで事務所を出た。



そんな郁とすれ違いに核心の男が入ってきた。
「お、おはようございまーす」
遅番組の班長だ。シフト制の仕事の場合、どんな時間でも出勤時は「おはよう」がルールである。


「おっ、俺の撮った作品も、ついに全国デビューかぁ」
ニヤニヤしながら渦中の写真を納得顔で眺める。
「し、進藤一正ですか!!これ撮ったの!!いったいいつ---!!」
上官とはいえ、本当なら首を締め上げて問いたいぐらいだ。


「いや、ほら、一眼レフカメラを買ったから、何度か折口女史がくるときに指導を受けたんだよ---」
学校の運動会とかは、一眼レフでないといい写真が撮れねえんだよ、だから、ねだって買ってもらったんだけどな。
カメラって結構嵌るぞー、わかってくると露出とかシャッタースピードとか、奥が深いんだよなぁ、で、いろいろ練習してだな...
「って、十分隠し撮りじゃないですか!!」
「いや、お前が気づいてなかっただけじゃないか?普通に訓練後とかの日常ショットを撮っただけだぞ」
その作品を折口さんにみてもらって指導してもらったんだけどなー、ははは---


もっともらしい言葉が、進藤の口から紡ぎ出されたが、どう考えてもあの人たちに嵌められた、としか思えなかった。
ここまできたら、何の手も打ちようがない。
どこで、どんな風に見られるのか。
その先に何が起こるのか、いや、起こらないかもしれないが。



「---------- 明日が楽しみだね、堂上」
この先、シフト変更が必要かもしれないよねー、と笑いながら他人事のように話した親友の顔は絶対忘れない、ったく。
明日より先のことは、今はただただ想像したくなかった。

 




fin


(from 20120528)

 

 

 

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