+ スターの苦労 +

 

 

 

 

 

隊長と折口女史、そして進藤三監の策略にまんまと嵌ってしまった事が発覚したその夜。



ため息混じりで一人缶ビールを自室で飲んでいたところへ、案の定、小牧と手塚がビールとつまみ持参でやってきた。


「....とりあえず、明日からの週末までのシフト変更はなんとかなったけど」
元々のシフトは、明日一日は館内巡回で、翌日は公休だ。
巡回は書庫内作業の班と一部交代してもらった。一日は地下書庫でやり過ごし、公休をはさんで2日ほどは利用者と接触することがない作業にシフト変更できた。

「図書館だけでなくて、寮内でもちょっとした騒ぎになるかもね」
小牧はそう言いながらほくそ笑む。

「手塚にも迷惑かけるな」
「そんなことはありません、そもそも堂上二正のせいじゃありませんし」

明日以降、どのくらいあの記事のことで騒ぎになるのか。
想像がつく範囲で済むのか、その上を行くのか。どちらにしろ、尊敬する上司の苦難であることには変わらない。
迷惑だなんて、手塚自身はまったく思っていないが、正直どう対応してすればよいのか?


「4日程度で事態が収まるといいけどね」
こればかりはわからないよね、と小牧が続ける。

「だけど、新世相は全国誌だからね。たぶん、関東図書隊だけじゃ収まらないかもしれないよ」
週刊誌だから次の号は出てしまえば、前号は目に触れる機会は一般的にはほぼ無くなる。
「図書館は最新号以外も保管するし、隊内で一人も目にしない、なんてことはあり得ないだろうしね」
もしかしたら、地方や他の図書隊へ出張なんかに行くと、餌食にされるかもしれないよー、なんて、心配している体ではあるが、この辺からはおもしろがっているいつもの小牧の風体が見え隠れする。


「笠原さんには、なんか言われたの?」
小休憩時間に事務所にやってきた郁は、真っ赤な顔をして目をそらした後、「時間なので、書庫に戻りますっ」と話す間もなくバタバタと事務所を出て行ったきり顔を合わせてない。終業後の日報提出も、堂上は広報へ打ち合わせに出向いて不在にしたので、小牧にするようにメモをしておいたのだ。
「あれから顔を合わせてない」
郁がアレをみてどう思っているのか。実はそれが一番心配なのだが...
「話しておいた方がいいよ、もちろん、上官として、じゃなくてね」
「そうだな」
堂上は二人の前ではあったが、臆することなく携帯を開いた------



◆◆◆



事務所で明日発売の週間新世相を見せられた後、書庫作業に戻っても、郁の顔の七変化は収まらなかった。

その写真の中で浮かべる微笑みの表情とシャツの隙間から見える、鍛え上げた胸元。思い出してしまえば一人茹で蛸のようになり...
あんな写真を全国誌に載せて!!
あああ、明日からどうなっちゃうんだろう?!女性ファン殺到?!などと考え青ざめてみたかと思ったら、
「折口さんも隊長もひどいです!!」と今すぐ訴えに行きたい衝動に駆られて、怒りに満ちた表情になる。
サインやレファレンス待ちの行列ができたり?!

ああ、もう!!

どんな事態になるのか、なりそうなのかを、考えてもきりがないのはわかっている、でも....
もやもやするまま、定時になって事務室へ戻ったが、今度は堂上の姿が見えない。
「日報は俺に提出していって」と小牧教官のフォローが入った。不在にしていてすぐに戻れるかどうかわからない、という意だ。
ああ、シフト変更はないけど、作業内容はたぶん変わるからね、とも声をかけられた。

「じゃあお疲れ様」
「お先に失礼します」
あの雑誌のおかげで、仕事増えちゃったんだろうな、教官。
今日もきっと残業で帰りが遅くなるのだろう。
小牧に会釈して、事務所の扉を前で郁はさらに深いため息をついた。




◆◆◆




夕食もお風呂を終え、床にごろ寝をしながら柴崎の購入した雑誌をパラパラとめくる。
オープンしたての観光スポットとショッピングタウンの特集だったが、ちっとも内容は頭に入らない。
そしてただただ、数分毎にため息をつくばかりだ。


「.....あんた、彼女なんだから、ちゃんと言っていいのよ」
ドライヤーを止めたところで、柴崎が口を開いた。
「な、なんの話しよ?」
「あれから堂上教官と話ししたの?」
仕事の話しじゃないわよ?


「.....してない。っていうか帰りも会わなかった...」
たぶん、あの雑誌の記事の対応とか、で、忙しくなっちゃったんだと思う。小牧教官、明日の作業内容は変わると思う、って言ってたし。
「仕事の事は、あの人たちがちゃんと考えているはずだからいいのよ」
「うん」


あんた、部屋に戻ってきてからどれだけため息ついているかわかってんの?
「だ、だから、明日からの事は教官達が、考えているんだから、大丈夫だってば」
それはさっきあたしが言ったじゃない。
そうじゃないでしょう?


「-------今すぐ電話かメール、堂上教官に」
「ちょ!」
もう時間も遅いし、残業していたはずだから無理だよ!
「今、話しておかないと知らないわよ」
柴崎の言葉は容赦ない。
本当はものすごく堂上に会いたい。会って話しがしたい。
でも何を話すの?
あたし、今何を思い悩んでいるの?ため息の理由は、一つじゃない気がする。


雑誌を閉じて、テービルに投げ置いていた携帯を引き寄せる。
同時に短い振動で郁の携帯が振えた。

「行ってくるね、ありがと柴崎」

すぐ行きます、と返信し上着を肩にかけてロビーへ急ぐ。
同じタイミングで堂上も現れた。
「遅くにすまん」
外でいいか、ときかれ、コクンとうなずく。



柴崎に背を押された勢いで部屋を出てきたものの、手を繋がれて歩く間も、自分の心の中の漠然としたものがいったいなんなのか。
ロビーで顔を会わせたとき、やっぱりうれしくてそれだけでホッとした。
でも、今夜は。
会えただけでいいです、そんな気持ちにはなれなかった。



いつもの場所で壁を背にされ、いつもの深いキスをする。
だが、そのキスはいつもより早く、堂上が終わらせた。
体を少し離して、堂上は郁の腰を抱えた。
郁は堂上の胸に自分の掌をそっと乗せて、ぬくもりを感じていた。


「今日...大丈夫だったか?書庫作業」
と、特に何もやってませんよ、日報見ましたか?そういって郁はくすっと笑った。
「それより...明日からどうなっちゃうんでしょうね?」
「....俺たちにとっては想定外だが、おっさん達にとっては想定の範疇だったんだろうからな」
予測して仕組んであるんだから、巻き込まれる方は堪ったもんじゃない。
まあ、どうぜ数日の騒ぎだろうからな。


隊長と折口女史の絡みだ。誰も反論できないし抗うこともできるはずがない、できるタイミングがあったとしても、だ。


「にしても、全国誌だからな」
堂上のため息混じりの言葉に、郁は考え込むようにうつむいた。
その時間はきっとわずかだったのだろうが、堂上にはずいぶん長く感じた。
もしかしらた、こいつ、泣き出すか?

「....心配かけてすまん」
あわてて、郁への気遣いの言葉を紡ぎ出した。
「....教官の、せいじゃ、ありませんよ...」
そう言いながらも、郁の顔はうつむいたままだ。


「.....郁....」

「.....郁?」

「.....き、教官は....」
....あたしのものですよね?本当はそう続けたかったのに、飲み込んでしまった言葉。
やっとごちゃごちゃした自分の気持ちの中から一つだけ引っ張り出してきたのに。


すっと郁の掌が堂上の胸を離れ、下におろされた。左右の手それぞれに小さな握り拳ができたかと思ったら、急に顔をあげて堂上の眼をみた。


「教官、明日、外泊届け出して下さい」

明日、どれだけの人の目にあんな堂上の写真がさらされるのだろう?
そう思ったら、いてもたってもいられなかった。
それでなくても格好よくて、恋人ができた今でも、憧れてたり、告白しようとする女性がいるのに。

堂上は再び郁を抱き寄せ腕の中に包み込んだ。
「....わかった。明日の夜から公休明けまで、ずっと一緒だ」

 

郁の好きな低音の声が耳元に届く。身も心も熱くなって蕩けそうだった。

「...仕方ないけど...ずるいです、教官...」
インタビューは仕方ないですけど、あんな写真じゃなくても!!
「あ、あんな...色っぽい教官を...全国の人に見せなきゃならないなんて...」
見ていいのはあたしだけなのに。

「ああ、そうだな」
明日の夜は、おまえだけにたっぷり見せてやるから。

そういわれて、郁は急に自分の言動が恥ずかしくなり、耳まで真っ赤になった。

「心配、かけるかもしれん。だが、信じろよ」
「はい」
「何かあったら、必ず俺に言え。些細な事でも構わん」
こんな時だからこそ、おまえに甘えて欲しいんだ。


こうやって気持ちをぶつけてくれないと、見失いそうなんだ、おまえのこと。


好きです、と言ってもらっても、いつまで「好き」でいてくれるのか。


信じろ、と言っても、いつまで「信じる」は揺らぐことがないのか。


きっとわかってくれているだろう、では恋愛は不安定になる。
不安定な状態ではずっと手を繋いで前だけを見ていることはできない。
そうなる前に、お互いの気持ちを補修しなくてはならないんだな。
と、今夜小牧に背中を押されたことに、頭の片隅で感謝した。


そしてようやく、いつもの長い、深いキスと愛撫に包まれた。


「公休の間にでも、進藤三監へのお礼を考えなきゃな」
そんな皮肉の言葉に、郁はそうですね、と苦笑した。

 

 




fin

 

(from 20120601)

 

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