+ もう少し、このままでいたい +   上官部下期間(県展後)-----プレ・クリスマス企画


茨城県展警備の時に自覚した堂上への恋心。
帰還してねぎらいのお茶を煎れてくれた柴崎に「堂上教官が好き」と告白した、例え美人であたしが大好きな柴崎が好きな男性だったとしても、気持ちは譲れないと思ったから。


学生時代の片思いは、自分の想いばかりが募り、それに引きずられてもやもやとした日々を送る自分が嫌で。そして周りの友人達に乗せられてたいがい「好きです」っていう告白をして玉砕していた。
「好きだ」と自覚した以上、本当ははっきりさせたい気持ちでいっぱいだが、相手が直属の上官ともなるとそんな簡単な話しじゃない。


仮に告白して玉砕したら、翌日からどう接したらいいのか?
いやまて。
そもそも告白自体も「アホか貴様!」とか「寝言は寝てから言え」とかいつも通り怒られてスルーされるかもしれない、冗談の一つとして。


憧れの背中で、追いかけたい背中。
そして少なくても、部下として隣に立つことができたら--------
好きだ、と伝えて想いが叶うかどうかもわからないのだから、せめて、部下として認められたい。認められて、一緒に走っていきたい。置いて行かれたくない。
だから、この想いはずっと、心の奥底で静かに小さな炎を灯しておけばいい。
きっとそれが今のあたしには精一杯で十分だと思うように、必死で押さえ込んでいた。


それでも部下として業務をこなす一人の隊員から時々女心が顔を出す。

事務所に戻ったときに、一人内勤作業に集中している堂上の精悍な横顔。
その格好良さにどきりとして、乙女な心が飛び出してくるのだ。教官に気づかれないように、そっとずっと眺めていたい------
「どうした笠原」
声を上げた訳ではないのに、郁が戻っていたことに気がついた堂上が不審がって声を掛けた。
パソコンの画面から視線は動かしてないけれど、郁の気配に気づいていたと言うことだ。
「あ、すみません、休憩から早めにもどってきただけで...あ、よかったら、何か手伝いますっ!」
見つめていたことはバレてないだろう、思うけど跳ね上がった心臓の鼓動はそんなに簡単には収まらない。

「......残念ながらお前に手伝ってもらうような業務内容じゃない」
「あ、そうですよねっ、あはは。お、お茶、じゃなくて、こ、コーヒーを入れてきますっ」
「頼む」

その返事を聞いて、あわてて事務所を出て給湯室へ訓練速度で向かった。


あんなに格好いいのに。
入隊当時から堂上教官は格好いい、と騒いでいた同期もたくさんいたけど、そのときは「鬼教官憎し」で格好いいからどうだ、なんて事は頭の隅にもなかった。
だけど直属の部下となって、誰よりも厳しく、時に優しく...といいたいけどそうじゃない、優しいのではなく、教官は正しいんだと思う。
厳しいけど仕事に対しては公平だ。だから認めるとことは、失敗ばかりのあたしでもきちんと認めて褒めてくれる、そんな上官が頼もしく、尊敬もしている。
--------だから追いかけたい。そして隣に居たい。


「好きだ」と伝えることで、その位置は半歩も一歩も後ろでも部下として堂上の隣に立つ権利を失いたくない。
今、唯一与えられたあたしにとっては最上の場所を、失うことは、きっとものすごい辛いことだと思うから。



「あんた、堂上教官が何処かの女と付き合って結婚することになったとしても平気なの?」
告白する様子を全く見せないあたしに、柴崎がそんな風に言ってきたことがある。

.......平気な訳、無い。

想像をしないようにしてきただけで、いつ起こってもおかしくない現実だと思う。
だってあんなに格好良くて、特殊部隊というエリート集団と呼ばれる中で一番若い班長をしている位の出世頭だ。
モテないはずもないし、きっと付き合って欲しいと言い寄られたことは数多にあるんだと思う。実際に付き合っているという浮いた話しは聞かないけれど、あたしが知らないだけかもしれない。

だって教官はあたしより少し背が低いけど、普通の女の子が隣に立つなら問題なくお似合いだろうから。

戦闘職種の大女がバディ以外で隣に立つとか、ってあり得ないよ。そうでしょ、柴崎。

そんな風に笑って言葉を返したのはつい数日前の事だ。




「コーヒー、ここに置きますね」
「ああ、ありがとう」
相変わらずパソコンの画面を凝視して、パタパタとキーボードを叩き続ける堂上だったが、机の端におかれたマイカップに視線を向けてから、やっとキーボードを打つ手を止めた。

カップを手に、熱々のコーヒーをゆっくりとすすった。

そんな堂上の様子を見て、少し役に立ったかな、あたし、と小さな満足を受け入れる。
今はきっと、こんな事で幸せなのだ。
仕事で役に立てないこともある。だけど、教官のcoffee breakのお役に立てただけで、十分だよね、そう思い聞かせる、乙女な自分に。


「もう、明日はクリスマスイブなんだな」
堂上のPCのスクリーンセーバーはカレンダーになっているらしく、コーヒーを飲みつつ目の前のカレンダーの23日に○が付いていたことからか、郁にそう話しを振ってきた。
「はい、明日も普通に館内業務ですから」
「そうだなぁ、休日に重なっているし利用者も多いだろうからな」
年末年始は休館日は入るため、借り溜めをしにくる利用者も多いから余計混雑するのだ。

「俺も明日は図書館業務に就くから」
「はい、助かります、教官が来て下さったら」
それは本心だ。だってレファレンスとかで、利用者に説明する時の静かに低く響く堂上の声が好きだから。
もちろんレファレンスの中身も完璧なので、勉強になる、というのもあるけど。

「笠原は-----」
マイカップを机にコトリと置いて、堂上が郁に声を掛けた。
「明日の夜はでかけるのか?」
「い、いえっ、何もないですっ、イブですけど別に!っていうか、予定があった試しがありませんから!」
そ、そこ、声を張り上げて自慢する所じゃないぞ、あたし!
「ふ、普通に課業後は食堂ですが!」
その様子はおかしかったのか、堂上はクスりと笑っていた。
「じゃあ、予定の無い普通の夜をすごす部下を飯に誘っても良いか?」

はい?

「明日も忙しいだろうから、そうやってご褒美をぶら下げておいた方が、お前がよく働くだろう、と思ってな」
「ご、ご褒美ぶら下がってなくてもちゃんと働きますよ!」
「莫迦、気持ちの問題だ。お前じゃなくて、ご褒美があると思ったら、俄然やる気が出るものだろう?」
小牧達を誘ってもいいが、おそらくあいつは毬江ちゃんと予定があるだろうしな。
「じゃあ手塚を誘っておきます」
「いや、俺が聞いておくからいい」
「わ、わかりましたっ。ではお言葉に甘えて、明日夕飯ご一緒させていただきます!」
そういって郁は綺麗な敬礼を堂上に向けた。

「それからこれはプライベートだから、敬礼はいらん」

郁はそういわれて少し頬を赤く染めた。
今はまだこのままの距離でいたいけど--------いつか、追いついても、いいですか?







◆◆◆






 
同じ休憩時、手塚は一通のメールに頭を悩ませていた。
別に誘われると決まった訳ではないと思うのだが、このメールの意味はなんなんだろうか、と。

「明日の夜、もし堂上教官か笠原に飲みに行こう、とか言われても、用事があるからって断りなさいよ」

別にイブだからといってコレと言った予定もないし、約束もない。
誘われてもいないし、誘われるかどうかもわからないのに、あいつなんだってこんな不可解なメールを?

予言者か?

釈然としないものの、その理由を訊こうとメールを返せば、よけいなやぶ蛇になりかねない予感がした。
ここは柴崎に逆らわない方が良い。むしろ--------

「・・・わかった。じゃあお前が明日の夜付き合え、ただし割り勘な」
そう入力してメールを返した。

すぐに携帯が震えて返信が来たことを知らせた。
「イブの夜に女に出させる、ってあり得ないわよ」
それをみた手塚はため息をついて、今からATMに行く時間がとれるか?と思わず時計とにらめっこした。








fin
(from 20131221)
 

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