+ not alone,but―― +    2014堂上篤生誕お祝いSS  上官部下(ニ年目)期間

 

 



 長く続いた郁への査問も、手塚慧からの呼び出しの後しばらく経つと突然の終焉を迎えた。
郁個人的には『王子様卒業騒動』というとんでもないおまけがあったけれど、査問が終わった事には本人も周りもほっと胸を撫で下ろし、平穏に師走へと図書基地の季節は移り変わっていった。
 

年末年始のシフトが決まったので、配られた表から堂上班のシフトを手帳に書き写す。
―――あ、今年は通常の館内警備なんだ。
日付を丸で囲ってあるクリスマス後のとある日は、堂上の誕生日だ。知りうる隊員全ての誕生日をメモしているわけではないが、堂上班と柴崎の誕生日だけは入隊一年目で把握した段階で丸印をつけてあるのだ。
 
昨年は知らなかったから、堂上教官の方から『暇なら付き合え』的に飲みに連れて行かれたけど、今年はさすがに『知らなかった』ではすまされない。
かといって、上官に『誕生日は彼女と過ごしたりしますか?』とか逆に『今年も一人ですか?』とはとても聞けない。ましてや、堂上教官と王子様が一致したばかりで、自分の気持ちすらもてあましている状況で・・・二人きりはちょっとハードルが高い。
だって、去年はたまたまあたしが暇そうにしていたからかもしれないし!それを勘違いして今年は誘ってみたりしたら・・・!
―――『勘違い女』のレッテルを貼られるのはちょっと痛い。
 
折しも通常勤務日なのだから、いっそその日に『堂上班の忘年会』として集まるのはどうだろうか?そして堂上教官の誕生日を一緒にお祝いすれば・・・?!
我ながら良いアイディアじゃない!
クリスマスを外せば、彼女持ちな小牧教官も都合をつけてくれそうだし、手塚は堂上教官の、と言えば喜んでくるだろう。
さりげなく、極めて自然に堂上の誕生日を祝うためのプランが決まって、郁は手帳を見ながら「よし!」とほくそ笑んだ。
 
 
 
◆◆◆
 
 
 
 極めて自然に、翌日は堂上班の公休日ですし!とにっこり微笑んで、『堂上班忘年会』の了解をとった。小牧には「ああその日ね。俺は大丈夫だよ、堂上がいいのなら」と含み笑いをされたけれど。
当の本人には、『よ、予定がなければ、ですけど』と遠慮気味に、かつ動向を探るような感じで申し出てみたら、少し眉間に皺を寄せながらも「特に何もない、じゃあ場所は任せるぞ」と言われて了解の意をとった。
 
せっかくだから、と普段特殊部隊で使う居酒屋は避けて、良いお酒を出してくれるお店を情報通の柴崎から聞き出して予約を入れた。その結果、堂上班+柴崎、という忘年会になったけれど。
 
 
準備万端!あとはそっとしたためたの日頃お世話になっている上官への誕生日カードと品が良くて書きやすそう、と一目惚れしたボールペンをさりげなく教官に渡すだけだ。
ほら、きっと自然に堂上教官の誕生日お祝いができる。そして教官にひとりきりで誕生日の夜を過ごさせることもない―――
めずらしくあたしにしては完璧なプラン!などと自負したせいだろうか。
 
年末も年末の、堂上の誕生日の夕方に良化隊の検閲が執行された。
 
 
 
◆◆◆
 
 
 
 何ゆえに今日なの?!
今回は郁ばかりでなく、玄田も隊の先輩達も首をひねった。
官公庁の御用納めも押し迫ったこのタイミングで、事後処理が発生するような検閲が執行されたことは今までなかったのだ。
「まあ今回の記事が記事だからな」
とある大衆週刊誌に、先日の議会の総選挙に関わる収賄疑惑が掛けられた議員と、メディア良化法との蜜月な関係をなどと書かれた記事が掲載されたのだ。
恐らく相手も急仕立てで来るのだろう、と踏んだ。だが油断はできない。幸いなのは夕暮れが早い時期で、冬休みに入った子ども達が少ない時間帯だった事ぐらいだろう。
玄田は部下達の配備の様子を無線で拾いながら、自らも陣頭指揮に出向く準備をした。
 
 
「それで発売日翌日に検閲執行ですか」
「ゲラ刷りと急遽差し替え記事だったらしいですね、年末年始の特別警戒が始まっているところへ書店には検閲に入る許可が降りなかったのでしょう」
「それでここを狙ったと」
「不意打ちと見せしめ、というところでしょうか。どちらにしても良化隊のプライドの問題な気がします」
「それで命を落とすことがないよう」
「もちろんです」
不意に送られてきた検閲執行予告のFAXから、十数分で基地司令である稲嶺の元に柴崎の報告が入った。
「こんな時期に、怪我すらして欲しくありません」
車いすのタイヤを自らの手で押して、稲嶺は窓辺から見えうる外の様子を歯がゆい思いで見守った。
 
 
 
◆◆◆
 
 
 
 図書隊側も想定外だったが、良化隊側も急な検閲執行だったことは明らかだと言えるくらいの攻防ではあった。
マニュアル通りに利用者を避難させ、今回は閲覧室のみの執行だとわかって事と、二方からしか侵入というスタンダードな検閲執行だったせいか、図書館内に入られること無く良化隊が程度よいところで撤退を決めてくれた。
 
だが、図書館建物には被害が出た。
後始末もしなければならないし、防衛の最前線に出ていた堂上は報告書もあげなければならない。
 
堂上班の忘年会・・・。
 
郁は検閲終了の安堵とは少し違うため息を漏らした。無事に本を守れた、とホッとしたのと同時に、今回ばかりは泣きそうな思いが溢れる。
―――堂上教官の誕生日なのに。
そりゃ、きっと自分の誕生日に検閲執行があった、なんて防衛員は今までもたくさんいると思うけど。
 
『俺だって人の子だ。どうせなら一人じゃない方がいい』
1年前にそう漏らした堂上の言葉を思い出す。
あたしは、まだ、いやこの先も『堂上班の班員』という立場を楯にしなければ、この日を堂上と一緒にお祝いすることはできない。部下として、朝の挨拶と同じように『お誕生日おめでとうございます』と言うことしか叶わないから。
 
―――だから、ちゃんといい訳が出来る段取りをして、堂上教官に一人じゃない誕生日をプレゼントをするはずだったのに。
 
「怪我は無いか?笠原」
堂上の無線伝令を務め上げるべく、共に前線で堂上に寄り添っていた郁に堂上が労いの言葉を掛けた。
「はい、大丈夫です」
「すまんな、笠原。せっかく忘年会段取りしてくれたのに、さすがに今日は無理そうだ」
「わ、わかってます、店には後で連絡いれます、それより・・・」
堂上教官、お誕生日なのに。
そう口にしかけて、言うのを止めた。図書隊員なら、誰もがあり得ることだ。自分の誕生日だけじゃない、家族の誕生日だって、記念日だって、検閲行為は容赦なく行われる。デートの約束をしていたのにドタキャン怒るだろうなぁ、とぼやいていた先輩だっている。
 
「残念、ですね、教官」
「まあ班飲みなら、いつでもリベンジできる」
―――でも、教官の誕生日は一年に一度です。
 
お祝いしたかったのに。忘年会ですよ、って言って、ハッピーバースディ!って乾杯したら、驚き喜ぶ顔が見れたかも知れないのに。
口にできない気持ちを悟られたくなくて郁は俯き唇を噛んだ。
 
「・・・おめでとうございます、って言いたかったんです」
郁の小さな呟きに、堂上の時間が少し止まった。ああ、と溜息のような応答をして、郁のヘルメットをコンコン、と小突く。
「今、ちゃんと受け取った。ありがとう」
その低い声色に、優しさが含まれてて、郁ははっと顔をあげた。
 
きっとあたし達がここを片付けて帰寮しても、真面目なこの人はきっと一人で業務をこなすんだ。そして、一人でコンビニ弁当を食べるんだ。
「大丈夫だ。今夜は一人じゃなかったから・・・お前が、バディとしてちゃんと傍に居てくれた」
「っ・・・・・・てそれ戦闘中じゃないですか」
「でも一人じゃなかっただろう?」
お前が、ちゃんと一人前の伝令として傍で働いてくれた。今の俺にとってはそれで十分だ、そう堂上は言うのだ。
「俺が一つ歳をとる毎に、お前が一人前の図書隊員になっていくのなら、それも俺にとっては嬉しいプレゼントだ、だから気にするな」
 
そこまでいうなら、班飲みは無理でも、俺のコンビニ弁当に付き合ってくれるか?
も、もうちょっとマシな事に付き合いますよ!駅前までいけば24時間のファミレスだってありますから!
それなら、外泊届け出して来いよ、これから後始末して外に出たら門限までに戻れるか怪しい。
が、外泊・・・、じゃあ今夜はとことん付き合いますよ。
―――それは酒を飲める奴のセリフだ。
 
そう言われて、また郁はヘルメットを小突かれた。
 
「あれ、お前額のところが赤くなってないか?」
闇が落ちきった外から図書館内にもどってくると、堂上が郁の顔をみたあと頬に手を伸ばして、その傷を確認しようと顎をとった。
「さっき怪我はない、って言ったよな?」
「へ、怪我はしてないはずですが・・・あ、もしかしてちょっとよそ見して壁にヘルメット毎頭をぶつけた時にこすれたのかな?」
「ああ、メットの擦り傷だな。舐めときゃ治る」
そういうと、郁の額の髪を捲りあげ、舌を差し出しぺろりと傷を舐めた。
 
―――!?
 
「アルコール消毒前で悪かったな」
 
きょ、教官・・・・・・!これから、ご飯食べる約束しちゃったのに、その前にあたしを緊張させてどうしたいんですか!?
と、聞けるはずもなく「さっさと終わらせるぞ」と、堂上だけが上官モードに戻っていたのを、ただ『狡い』とぼやいた。
 
 
 
fin
(from 20141228)
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