+ Next after the year?  +   恋人期

 

 

 


 大晦日の夜に炬燵で暖を取りながらぼんやりと紅白歌合戦を観るとか何年ぶりだろうか。
実家の人々にとっては毎年恒例の光景も自分には珍しい事になってしまい、なんとなく落ち着かない。


---------こんなに気になるんだったら、帰宅しないで一緒に過ごせばよかったか。

人の少なくなった寮の部屋で一人で年越しをする郁の事が頭の片隅から離れない。
本人は「もう4年目ですもん、慣れましたよ」と笑っていたが、実は寂しがり屋なところがある事を知っているから放っておけなくて。まして昨年までとは関係が代わって所用がなくても電話もメールもできる間柄なのだから気にする必要はないのに。先程から携帯を手にとって何度か開くのだが、家族の手前もあって何もせずにまた閉じてしまう。

「お蕎麦出来たわよ」
息子の正月帰省に合わせてシフトの休みをとった母が台所から声をかけてきた。自分も寮生活で妹も実家を離れている今、こうして過ごす事は貴重な親孝行の機会だと理解しているから、郁の事が気になっていても実家に戻ることは止めなかった。
「父さん寝ちゃってるよ」
「少ししたら起きるでしょう、年明け蕎麦でもいいわよ。静佳は?」
「風呂」
「もっと早く入ればいいのに」
先に食べましょう、と母は二人分だけ炬燵の上に用意してくれた。

---------あいつの年越し蕎麦は食堂で済ませたかな。

無意識で郁の心配をしている自分に母が気づかないほど小さく笑う。どんだけ気にしてるんだ、俺は。
せっかく正月三が日に休みがあたったのだから茨城の実家に戻ればよいのに、そう促したら気まずそうな笑顔を浮かべた。
『いいんです、あたしが帰らなくてもうちは賑やかだし』
県展の事もあって入隊当初よりは関係も修復できていそうなものなのに、母親に会うと思うと気後れするらしい。

堂上は母親と二人、聞いたこともない演歌歌手の歌を聞きながら蕎麦を啜る。
別に特別な会話をする訳でもなく、ただ顔をみて手料理を食べ、大晦日の夜に泊まりに来て2日の朝には戻る。それだけなのに母も父も嬉しそうに出迎えてくれる。

「あ、お蕎麦できたんだー、あたしのは?」
「もう汁は作ってあるから、茹でればできるわよ」
「じゃあ自分でするね」
風呂上がりの静佳が戻ってきて台所に立った。
「ごちそうさま」
入れ替わりのように立ち上がって食器を片付けると、そのまま部屋の扉に手をかけた。
「寝るの?」
「いや?ちょっと。すぐ戻る」
そう答えると冷えきった廊下へ出て2階への階段を上がると帰省の時ぐらいしか使われない堂上と妹の静佳の部屋と小さな和室がある。


生活感の無い自室のベッドに腰を掛け、再び携帯を取り出し着信履歴の一番上のボタンを押してコールする。携帯は郁のすぐ手元にあったのだろう、2コールで繋がった。
「お疲れ様ですっ」
郁が応えた最初の一言が上官と部下でもある関係を物語る。莫迦っ、プライベートだろう!と心の中で叱咤する。
「どうしてる?」
「え、ああいつもと変わりないですよ、夕飯はおばちゃんが作った年越し蕎麦食べて。明日の朝は仕出し弁当頼んでありますけど、昼はファーストフードでもいいかなって」
「食べ物の事だけか?心配事は」
「いえっ、そうじゃないけど!今は炬燵で紅白見て、一本だけ缶酎ハイ飲んでます」
「酔っ払って炬燵で寝るなよ、風邪ひくぞ」
「・・・もうそんなフラグ立ってます、まだ寝転んでませんけど。でも風邪は引きませんよ!出かけられなくなっちゃうから絶対!」
2日の朝には寮に戻って郁と出かける約束をしている。それを楽しみにしてくれているのは素直に嬉しいと少し頬が緩む。
「年明けはメールも電話も繋がりにくいから、あとでメールだけしようかな、って思ってたんです。だから」
電話貰えて嬉しかったです、と電話口で可愛く口ごもる声がした。正月一人で大丈夫か?と前に聞いた時には『お母さん達教官が戻るの待ってるんですからちゃんと行ってきてください!』自分は毎年のことなので平気です、と背中を押された。
「それより電話なんかしてて大丈夫なんですか?」
「ああ母さんは今妹とテレビ見てるし、父さんは一寝入りしてる」
「ちゃんと戻って話たくさん聞いてあげてください」
「女じゃあるまいし、大して話しなんかない。それよりお前はちゃんと布団で寝ろよ」
「はーい」
「ん、じゃあな」
「2日に教官が帰ってくるの、待ってます」
「ああおやすみ」
「おやすみなさい、来年も、よろしくお願いします」
「ああ」
そう答えて電話から切断音が聞こえてきてから堂上は携帯を閉じた。そのまま倒れこんでベッドに背を預け古ぼけた天井を見つめる。

親御さんの話を聞いてやるべきなのはお前だろう、郁。

郁本人は未だ親に近づけないのに、まるで自分の分まで、というように堂上に親孝行してこいと言っていた。帰る、と郁がいえばどれだけあのご両親が喜ぶだろうか、と想像するとなんとかしてやりたい衝動にかられる。

----------来年か再来年か、俺が正月休みにちゃんと茨城に連れて行ってやるから。

まだ手を繋いでキスをするだけの関係で、郁がそれが何を意味するのか当然解るはずもない。もちろん堂上も口に出したこともない。だが、なんとなくそれは自分の責任のような気がしているのだ。



「兄貴ー!お父さん起きたよー!」
ドアがノックされると同時に静佳の声が聞こえた。
「まだ飲むつもりらしいから、付き合ってやんないと」
「今行く」
ドア越しに会話したあと、すぐに携帯をポケットにしまい部屋を出た。
「誰かにメール?電話?仕事じゃないんでしょ?」
「ああ大丈夫だ」
「ふうん、まあお父さんと飲むとか正月くらいしかないだから付き合ってあげてよ」
わかったような口聞くな、という一言を飲み込んだ。静佳に苦言を言えば倍返しされるのは目に見えている。
「まあ、来年はもう少しまめに顔出すよ」
「・・・どうしたの急に?何の心境の変化?」
「なんも変わってない、お前こそ・・・なんでもない」
「変な兄貴」
郁に言いそうになった事を思わず静佳に言ってしまいそうになった、まめに顔出せとか。

ともあれ、来年の正月はあいつ一人で寮には置いとかないのは決定事項だ、と堂上は脳内にしっかりメモをした。風邪引かれたら困るからな、を周りへの言い訳にするのと共に。





fin

(from 20140101)