+ Kiss of Life +   結婚期 ブログ訪問者1000ヒット・すずなさまリクエストSS

 

 

 

新婚の堂上夫妻の朝は、ベッドの中でのキスから始まる。

「郁...時間だぞ」
「ん...あと5分...んっ、んっ」

不意打ちで唇を塞がれ、あわてて意識を目覚めさせて呼吸を鼻でする。
やっと愛する夫に朝一番のキスをされていると認識できた。

「...おはようございます」

解放されてようやく挨拶を交わした。
朝のキスは特に決めたわけでもなく...なんとなく堂上が始めて、習慣になった。
目覚ましより早く起きたときは、ベッドサイドから起こしてくれるときに、必ず。



郁が顔を洗いにいってるうちに、堂上が台所で朝食を作ってくれていた。
「ごめん、篤さん」
あわてて、台所に駆け寄る。
味噌汁と焼き魚が既にできあがっていた。

「目が覚めたか?」
そう声を掛けられながら堂上の顔が近づいて、また唇を軽く奪われた。
不意打ちに仕掛けられたキスで郁は真っ赤になった。

「....ご、ご飯ヨソイマス...」

なんで、なんでだろう!!
こんなキスや甘い表情に全然慣れない。いや、もちろん恋人期間には、課業以外は見たこともないような顔を見せてくれて、いつも郁をドキドキさせていた。

だけど!!
結婚して、二人でいるのが日常になって、出勤前から毎日こんなに甘いなんて困る!!
郁はご飯を食べながら、上目遣いで目の前に座る夫へ視線を向けた。

堂上は郁の気持ちお構いなく、爽やかにしれっと食事をとっていた。
やっぱり、なんか狡い!!



今日は午前中から新入隊員の教育教官を務める堂上の補佐に入る予定だ。
訓練服に着替えるから、きっちりメイクはしないが、スーツで出勤する手前、ノーメイクというわけにはいかない。
最後にリップの仕上げにとりかかろうとしたとき、

「郁、ちょっと待て」
「はい?」

近づいてきた堂上にリップを握っている手首を掴まれた。もう片方の手は郁の下顎に掛けられていた。
引き寄せられて、また唇を奪われた。今度は深く長い------。

「んっ、んん!!」
抵抗しようとしたものの、舌を絡められてしまったら、もう郁にはそれに応えるしか為す術はなかった。
堂上のキスは気持ちが良い。
だけど、仕事っ、今日出勤-------っ!!

「.....今日はこっちの色の方がいい」
手にしていた淡いローズ系のリップを取り上げられ、ドレッサーに置かれていたオレンジベージュ系のリップを開ける。
そして事もあろうに、そのままリップを郁の唇の上に丁寧に滑らせた。

わっ、だ、旦那様にリップ塗って貰うとか!!
それって夫婦だと普通なの?!
もう郁の頭の中はパニック寸前だった。

「準備があるから、先に行く」
軽く腰を抱かれてそう言われたと思ったら、今度は頬にキスが降ってきた。

「.....いってらっしゃい...」
ちゃんと玄関で見送りたかったのに、もうその場でそう声を掛けるのがいっぱいいっぱいだった。






◇◇◇






「男子はまずランニング20周から。女子は15周。終わった者から小休憩を取って良い、始め!」
グランドに堂上の声が響いた。号令後、新入隊員達はすみやかにグランドの外周へと向かい走り始めた。

「笠原」
「はい」

訓練中の堂上の表情は厳しいままだ。
特に新人教育のときは、全く他の表情を見せない。郁も十分承知している。

「女子で対象外と思う者は10周過ぎたら声かけて外して良い」
「わかりました」

関東図書基地入隊時に、あらかじめ業務部か防衛部かの希望選択を出されている為、その適性を見極めるのも新人教育の大事な仕事だ。
最初のうちはどちらを希望しても一律で訓練があるため、特に業務部配属の多い女子の場合は無理はさせられない面もある。


教官としての堂上のサポートにつくのは初めてだった。
新人隊員の走る姿に、ほんの少しだけ、自分が新人の時を思い出した。
教官につっかかっていくような女子は、後にも先にも自分だけだろうな...
思わずほくそ笑むと、堂上の拳骨が頭上に来た。
「集中しろ、笠原」
「はい、すみませんっ」


気持ちを入れ替えて隊員リストをみながら、郁は女子隊員の肩をぽんぽんと軽く叩く。リタイアしていい、という合図だ。
自分もこうして、適性と伸びしろを見極められて、考えてもらっていたんだな。
あのときはとにかく悔しくて噛みついていくのが精一杯だったけど、今なら上官の厳しさと優しさが理解できる。
そして結婚した今でも、業務中の堂上は郁に厳しい。恋人時代同様、いや、それ以上かもしれない。
それは新年度を迎えて、堂上にも郁にも、また1つ重い責任と経験が積まれたからだろう、と理解できていた。
ここで新人に甘い顔を見せるのは、この先の怪我や、生死に関わる失敗に繋がりかねない。
防衛部であろうが、業務部であろうが、心も体も鍛え上げる。そのための長い新人教育期間なのだから。
堂上教官のサポートだけど、気を引き締めないと。





◇◇◇





ところが、公私混同することのない立派な上官である夫の甘い攻撃は、帰宅してからも続いた。
教育期間中は、打合せや準備などが終業後になることが普通なので、堂上の方が帰宅が遅い。


郁にとってはここからが新婚生活本番だといってもいい。夫が帰ってくるまでに、ある程度家事を終わらせておかないと。
洗濯掃除は寮でもこなしていたが、料理だけは著しく経験値が低い。


とりあえず、料理に関しては作ったことあるレパートリーからやってみるしかない。
愛する旦那様に、いろいろな手料理を食べさせてあげたい、と言う気持ちで一杯だけど、気持ちだけでは料理はできあがらない。
今日は有無をいわさずカレーにする、と心に決めていた。


「圧力鍋があると便利よ」と郁の母が嫁入り道具のひとつとして送ってくれたので、レシピ本を確認しながらなんとか作った。
確かに火にかける時間が少なくて驚いた。
そして、なんとかご飯と、カレーと、レタスをちぎってミニトマトと胡瓜を乗せただけのサラダができた。


ほっと一息ついて時計を見たとき、ちょうど玄関のインターフォンが鳴った。
郁はうれしくなって、玄関にぱたぱたと駆け寄った。


ドアが開くと、大好きな夫と目が合った。急に気が緩んでホッとしている自分がいた。
料理に夢中になっているときは感じなかったが、夕飯ができあがってみたら、なんだか1人で家にいることが心細くて落ち着かなかったのだ。
「お帰りなさい!!」
飛びつきたい気持ちをぐっと我慢する。
「ただいま、郁」

ただいま、お帰りなさい、の普通のやりとりが、夫婦みたいで嬉しい。いや、もう夫婦なんだけど。
堂上は家に上がると、足下にかばんを置き、目の前に立つ郁の細い腰を腕に抱えた。
熱い吐息が近づいてくるのを感じて、郁は目を閉じた。
玄関先のキスは、いつも郁の柔らかい唇を啄むような形だったが、今日はそのまま長く絡みついた。

「....うまそうなカレーの味がした」
「篤さん嘘つき。においでカレーってわかっただけでしょ?」
「失敗した、って自分から言いに来なかっただろ?だから美味しそうだ」
「毎日失敗している訳じゃありませんよ」

郁は苦笑した。
5つも年上なのに、こんなときの夫が可愛い、と思うことがあるのはどういう心境なんだろう?

「美味しそうなものは遠慮無くいただくとしたもんだろう」

そう囁かれて、もう一度唇が重なる。侵入してきた舌が郁の咥内を舐め上げて貪られる。
抱きしめられたその掌は郁の背中を緩やかになぞり始めた。


「やっ....ごは....んっ...」
「わかってる、お腹すいた」

最後にちゅっ、と仕上げのキスを落とされてから、郁は解放された。






◇◇◇






作ったカレーは及第点をもらえた、と思う。

郁が作ってくれたから、片付けは俺だ、と堂上が台所に立とうとする。
「いや、だって篤さんの方が仕事大変だったし!朝食も作ってくれたし!」
目一杯自分がするからと主張したのだが、聞き入れてもらえない。
堂上はさっさとエプロンをつけてスポンジを握っていた。
「...俺がやりたいんだからいいんだ」
「でも!」

疲れている旦那様を休ませてあげるのが奥さんの大事な役割なのにー。
専業主婦の鏡のような母の元で育った郁には、共働きなんだから、と言われても、夫が家事に参加する姿に申し訳なさが募るばかりだ。

部下としても、まだまだ上官の世話になってるのに、妻としても世話かけてばかり...なのかな。
そう思うと、気持ちが落ち込んで目尻が潤んできた。

わずかな時間でさっと洗い物を済ませた堂上がエプロンを外しながら近づいてきた。

「...馬鹿郁」

低い声でそう呼ばれて俯いたままだった顔をあげる。
愛する夫の顔が間近にある。

また不意打ちで、堂上のキスが降ってきた。最初は潤んだ瞳の涙を吸い上げるようなキス。続いて潤いをもった柔らかな唇にも落とされた。

「仕事で甘やかせない分、うちではお前を甘やかせたいんだ。いいからたくさん甘えとけ」
大好きな低音の声が郁の耳腔を駆け抜けた。耳元で感じた堂上の吐息はそのまま項へのキスに変わった。

狡い!

「...篤さんは、そうやっていつもあたしを甘やかすんだもん」
「早く片付けて、俺がこうしたいからな」

そう言われて堂上の顔が離れたと思ったら、両膝裏に腕を入れられてそのまま持ち上げられた。
--------言わずもがなの、お姫様抱っこだ。

「ちょっ!どこ行くの?お風呂もまだっ!」
「一緒に入るか?背中流してやる」
「...絶対それだけじゃすまないもん」
堂上が郁を抱き上げたまま、むくれた郁の顔をのぞき込んで苦笑する。どんな表情になっても愛する妻は可愛い。
「わかってるじゃないか」
「明日も訓練!」
「新人のな」
だから平気だろう?


だめだ、敵わない。早くも心の中で白旗を上げる。
だいたい、郁も本気で抵抗する気がないのだから仕方ない。


「...じゃあお風呂」
「了解」
そのまままた一つ郁の唇にキスを落としてから浴室に向かった。
そっと丁寧に郁の脚を降ろして躰を解放する。だがすぐに郁のシャツに手を掛けめくり上げる。そのまま万歳させて衣を剥いだ。

きっと郁が自分で、と言っても聞き入れてもらえない。
不満を表してふくれっ面をしてみるが、嬉しさが押さえられないらしい堂上の顔をみていたら、なんだか夫が可愛く思えて仕方がない。
どうせ敵わないんだから!と、郁は反撃に転じて、不意打ちで堂上の唇を奪ってみた。

「...どうやらやる気がでてきたらしいな」
「え、あ、そうじゃないってば!」

ささやかな反撃のつもりが、結局火に油を注いだだけになった。


そういえば堂上と気持ちが通じ合った時、キスの数を数えていたっけ。
急に懐かしい事を思い出した。
二人で生活を共にするようになって、朝から晩まで、こんなペースでキスされてたら、数えるどころじゃないなぁ、と湯船のなかでぼんやり考えた。


っていうか、堂上教官ってこんなにベタ甘な人だった?!
いや、甘いのは恋人になったときからわかってたけど!!わかってたけど、想定の上を行くベタ甘に完敗だ。いまさらなのに、恥ずかしくて、照れてしまう。もう夫婦なのに!!

「早く慣れろよ」
「!」
そう言われながら頭に優しい掌がぽんっと置かれた。

--------新婚生活に慣れるのは、いろいろ大変だ、と今更ながら郁は思った。



fin

 

(from 20120703)