+ Beginners  3 +  戦争時期

 

 

 

 

武蔵野の駅についた頃には、どんよりとしていた空が一層暗くなっていた。
きっと降り出すのは時間の問題だ。


「手塚、先帰っててよ」
「なんだ」
「どうしても、ドラックストアに寄りたいんだけど、雨降りそうだから」
「お前傘持ってるのか?」
「ううん」


女なんだから、バッグに折りたたみ傘くらい入れてこいよ。
手塚は容赦無しのあきれ顔だ。

「いちいち煩いってば」
天気予報たいして見ないできちゃったんだもん。


「買い物、今日でないとまずいのか」
「シャンプー切らしたから」
「・・・わかった。待っててやるからさっさと買ってこい」


女の買い物はささっと終わらない。
シャンプーだけ、といわれても、実は他にも欲しい物があった。
そうしているうちに案の定、雨が降ってきて、結局手塚がその店でビニール傘を買う羽目になった。


「降られたら買うつもりあったから別にいい」
「・・・ごめん」
郁は素直にあやまった。後で買いに出ることだってできたのに、面倒くさがって、手塚にわがままいって雨降りに巻き込んだ。
手塚のさす傘にちょこんと入りながら、二人は基地までの道のりを急いだ。





一本の傘で雨をしのぎながら何とか帰寮すると、ちょうど自分達の上官も外出から戻ったところだったらしく、共同ロビー前で遭遇した。

「お疲れ様です、堂上二正」

手塚は顔色ひとつ変えずにさらっと挨拶したが、郁はそれどころじゃなかった。
ちょ、ちょっと、これって手塚とでかけてた、ってバレバレじゃん!!

「お、おつかれ・・・さまです、教官・・・」

幾分か濡れた状態で荷物も持っていて・・・あわただしくも上官に挨拶をした。

「ああ、お疲れ」
二人で出かけていたのか、そんなわざとらしい言葉は飲み込んだ。
「堂上二正も今お戻りだったんですね」
「ちょっと実家に用があってな」


「では先に失礼します」
敬礼こそしなかったが、手塚は背筋をのばし、上官にきちんと頭を下げた。

だが、郁には何も言わず、手をあげただけて、目線も合わせずに男子寮の扉を開けていった。

な、なんなの、あいつ。あたしには挨拶なし?!別にいいけど。


ちょっとムッときたが、今は手塚どころじゃない。
なんでこんな時に堂上教官に会うかな。


「あ、あたしも、し、失礼しますっ」
郁の方はとっさに敬礼もしてしまった。


「待て、笠原」
きびすを返して上官に背を向けたところで呼び止められた。
も、もしや説教?!


「はいっ」
おそるおそる、声の主の方へ向きを変える。
「....これ、持って行け」


そう言われて自分に差し出されたのは無地の白いビニール袋。
自分に向けられた腕からそれをゆっくり受け取り、中を眺める....


・・・・・・ほほえみウサギだ。



「え・・・教官!?」
驚きながらも堂上の顔をじっと見る。


「こんなもの、俺が持っていても仕方ない。いらないなら、勝手に処分してくれ」

「い、いえそんな!!」
なんでこんなものを教官が持っているのかわからないけど、処分なんてあり得ないっ。
「よろこんでいただきますっ」
郁は袋を左手にぶら下げ、再び敬礼をした。

「公休だから敬礼はいらん、ゆっくり休めよ」

堂上は手塚同様、郁を見ることなく、男子寮へと消えた。
呆然と立っていたのは、郁だけだった。

 


◆◆◆

 




食堂で早めに夕飯をとって、部屋で寛いでいた。今日は出かけてたから、続きの本を読みたかったし。

「で、どうだったの?手塚とのデート」

柴崎が帰寮したら、こう訊かれるだろう、と予想はしていた。


「別に、普通に遊んできてご飯食べただけ」
「ふうん、どこに?」


郁はかいつまんで今日の流れを話した。今しゃべらなくても、そのうち喋らされる。
短い期間しかまだ付き合ってないけど、柴崎の尋問からなかなか逃れられる物じゃない。
だが、堂上からもらった「ほほえみウサギ」の事は話さなかった。


「ま、楽しかったからいいんじゃないの?これからもお付き合い続けるの?」
うわっ、核心ついてくるな。


「別に・・・付き合うどうこう、って話しは今日はしなかった・・・」
「そう」


「一日遊んだくらいで、好きとかどうとか...ないよ。だいたいこの前まで毛嫌いされてたのによ?」
今日はまあ、楽しかったけど、相変わらずあいつ、どうしたいのかよくわかんしさ。

あたしと・・・・・・手塚は、どうしたいの?あたしは、手塚とどうなりたいの?
郁は、ぼんやり考えながら、堂上からもらったほほえみウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きかかえた。


堂上教官は、なんであたしにほほえみウサギをくれたんだろう?

 

 


4へ

(from 20120621)